剣術指南役シルフィア 14
「さあ、シルフィ。そこで見ていなさい。私がお前の目の前で、正しくないことをしてあげるわ。それを目に焼き付けなさい。そして自分こそが正しいのだと覚えておきなさい」
「……はい、ベル様」
未だ意識が朦朧としているシルフィア。ベルに言われるがまま距離を取り、部屋の隅に控える。
「さて。まずは水晶を頂きましょうか」
ベルスレイアは神託の水晶に手を触れる。
そして――スキルを使用する。
収納魔法。物品を異空間に保管するスキルである。
神託の水晶は、一瞬にしてその姿を消した。消滅したのではない。ベルスレイアの収納魔法により、異空間に送られたのだ。
「そして、このままだと私は泥棒扱いされてしまうわ。だから、ちょっとした小細工をしてあげましょう」
シルフィアに聞かせるように、ベルスレイアは自分の行動を一つずつ解説する。
「まずは、神託の水晶と同じ材質の水晶を取り出します」
言って、ベルスレイアは収納魔法の異空間から水晶を取り出す。
言葉通り、これは神託の水晶と同じ材質の水晶である。教会による処置を施していない為、神託の水晶としての機能は存在しない。かつて神託の水晶を求めたベルスレイアが、自作できないかと思って手に入れたものである。
「次に、叫びます。……きゃああああっ!!」
ベルスレイアは、黄色い悲鳴を上げる。
「すると教会の人々が集まってくるので、その前に水晶を割ります」
ベルスレイアは平然といいながら、拳を振り下ろす。
圧倒的な攻撃力により、水晶は粉々に砕け散る。破片が部屋のあちこちに飛び散る。
「後は適当に嘘を吐く。これで完璧よ」
言って、シルフィアに微笑むベルスレイア。そしてすぐに表情を取り繕い、まるで恐ろしいことが起こって怯えるような顔をする。そして、部屋の隅に立つシルフィアに駆け寄り、縋り付く。
「――何事ですか!」
ベルスレイアの工作が済んだところで、教会の人間が応接室に踏み入る。勢いよく扉を開き、部屋の惨状を見て立ち止まる。
「こ、これは一体……?」
次々と教会の人間が集まってくる。そんな中、ベルスレイアは口を開く。
「……分かりません。私はステータスを確認した後、転職を試みようとしました。すると突然神託の水晶が強く輝きを放って――このように、破裂して、粉々に」
涙声で、ベルスレイアは語る。まるで突然の事態に怯える小娘のような仕草であった。
「それは本当ですか、近衛騎士様?」
「え? ……私は確かに、この水晶が割れる瞬間を見ておりました」
問われたシルフィアは、ベルスレイアを庇う。ここでベルスレイアの不利になるような発言をするのが、何か恐ろしく思えたのだ。
まさか自分の脳が異常を起こしているとも知らず、シルフィアは困惑する。だが、嘘も言っていない。これは騙したわけではないから、問題ない。そうやって、自分への言い訳を脳内で繰り返す。
「そうですか。何が原因かは分かりませんが、ともかく今日はお帰りください。詳細は我々の方で調査いたします。ベルスレイア様は、さぞ恐ろしい目にお遭いになったことでしょう。ひとまずお帰りになられて、心を鎮めてください」
「……分かりました。申し訳ありません、大事な神託の水晶を駄目にしてしまって」
ベルスレイアは、青い顔をしたまま頭を下げる。
「お気になさらないでください。水晶はまた作れば良いのです。お怪我が無いようであれば、それが何よりですとも」
「本当に、お気遣い頂きありがとうございます」
ベルスレイアは、尚も頭を下げる。