剣術指南役シルフィア 11
「さて、シルフィ。良い機会だから、私について詳しく知る権利を与えるわ。この場で気になったことがあれば、なんでも訊きなさい」
ベルスレイアは言って、シルフィアに質問を促す。所有物に勘違いを起こされると不快だというのが分かった今、先に芽を摘んでおくのは当然の処置と言える。
「では……失礼ながら、ベル様は打槍使いだったのですか?」
「ええ。打槍使いをレベル20で転職して、今は上位職の打槍闘士レベル20に至っているわ」
「その、打槍といえば土木屋等と揶揄される武器です。ベル様には似つかわしくないように思うのですが」
「は? 殺すわよシルフィ」
ベルスレイアはキレた。シルフィアは不用意な発言だった、と反省しつつ、ベルスレイアの逆鱗を恐れて身を震わせる。
「かっこいいじゃないの、パイルバンカー。無骨で重々しくて、破壊力があって。浪漫溢れる良い武器じゃない」
「はあ。ぱい……なんとかについては存じませんが、ベル様がそうおっしゃるなら」
シルフィアとしては、打槍のような武器を貴族が使うのはまずいと思っての進言だった。実際、打槍は庶民の武器である。というか武器ですらない。土木作業に使うものであり、低所得層の家を探せばよく置いてあるような代物なのだ。
打槍を始めとした、魔素を利用した機械的な道具は『魔導器』と呼ばれている。生活に利用するようなものから、戦闘用の武器、果ては土木工事や量産品の製造工場まで。あらゆる場面で使われている。
その魔導器の中でも、打槍は位が低い。誰でも扱える土木工事用の武器である。魔物にも対抗でき、岩を砕き、廃屋を潰せる。便利であるが為に、土木作業従事者の代名詞とも言えるほど普及している。
そんなものを貴族が、しかも公爵令嬢が武器として使えばどうなるか。言うまでもなく、侮られる。そしてシルフィアは、ベルスレイアの性格を理解しつつある。侮られるのは嫌いだろう、と思って進言した。魔導器を武器に使いたいのなら、銃がある。弓や剣にも魔導器は存在する。そうしたものを使えば良い、と思ったのだ。
だが、ベルスレイアからすれば余計なお世話だ。
打槍――ではなく、パイルバンカーは浪漫である。格好いいのだ。挙げ句、打槍はスチームパンク的な無骨な作りに、烝魔素の排出で蒸気のような白い煙を吐き出す演出すらある。満点の浪漫武器だ。
使わざるを得ない。考慮する余地は無い。
前世の時点で固まった価値観を、今さら変えることは出来ないのだった。
「パイルバンカーに文句を言う以外、何か無いのかしら?」
ベルスレイアは、不機嫌な口調でシルフィアを促す。打槍使いにケチを付けられたとは言え、質問しろと言ったのは自分である。ベルスレイアは自分を何よりも尊ぶ為、有限実行。約束は守る。
「そうですね、ベル様のステータスの高さについても訊いておきたいです」
シルフィアは恐れず、正直に言う。質問しろ、と言われたら質問しない方が機嫌を損ねる。それを知っているからこそ、シルフィアは質問を続ける。ここでビビって黙ろうものなら、どんなお仕置きが待っているか分からない。
「私のステータスの高さは、吸血鬼の種族特性とスキルのお陰よ。成長上限が限界を突破しているの。私自身、どこまで上がるか把握していないわ」
ベルスレイアは答える。それは事実であり、ベルスレイアにも自分の限界は把握できていない。
本来、吸血鬼は成長上限を全能力において五だけ上昇させる種族である。代わりに光と水という弱点を持っている。弱点を突かれると成長上限の上昇分すら無意味となる為、あまり良い種族ではない。
LTOでは敵専用であり、さらに敵専用の光と水の弱点を補う装備を持って現れるため、恐ろしい種族であった。だが、いざ自分がなるとなれば厄介な種族である。
だが、さらに上限が上昇するとなれば話は別である。
LTOでも実際に存在したパターンだが、成長上限が五より多く上昇する敵が稀に存在した。中には十以上上昇する者もいた。
そうなると話は変わる。弱点により増えるダメージを、抵抗力で減らすダメージが上回る。弱点属性の命中補正を、敏捷と技術の回避補正が上回る。つまり、弱点が弱点として成立しなくなる。
ベルスレイアは、自分がその一握りの吸血鬼であることを確信していた。何しろ、自分であるのだから。弱い方の吸血鬼であるはずが無い。
となると、成長上限がどこまで伸びるのか不明となる。さらに、覇者の魂による成長上限の上昇も詳細は不明。
よって、成長上限はベルスレイア本人にも把握できていない。
「他に訊きたいことは?」
「あとは……その、スキルについても。ベル様のスキルは、見たこともないスキルが多いのですが。どうしてこんなに沢山のスキルをお持ちなのですか?」
「それは私にも分からないわ。生まれつき、沢山のスキルを持っていたの」
これもまた、事実である。本来、LTOでベルスレイアが持っていたスキルは四つ。先手必勝、武器節約、根性、孤高の四つである。打槍闘士と、下級職の打槍使いで習得できるスキルであった。
しかし、この世界に転生してから持っていたスキルは数多い。しかも、見たことも無いスキルが大半を占める。
恐らく、自分の出生の秘密に関わるのだろう。と、ベルスレイアは想定している。
「他に何か知りたいことは無い?」
「いいえ、これで十分です」
シルフィアは首を横に振る。実際は、まだ気になる部分はいくらでもある。スキルの効果。魔法職でも無いのに、魔法練度が二つもある理由。僅か十歳で、上位職のレベル20に到達している理由。
だが、シルフィアは諦めた。どうせ、奇想天外なことを説明されるだけだ。なら、この人はとにかくすごい人なんだと思っておけばいい。と、判断したのだった。