剣術指南役シルフィア 09
馬車に揺られ、ベルスレイアは教会に到着した。
教会とは、LTOでも存在した女神教の教会を指す。土着信仰も数あるが、世界的に広まっている宗教は、この世界では女神教だけである。
それにはいくつか理由があるが、最も大きいのは転職の可不可である。
女神教の教会では、転職やステータスの確認が可能な『神託の水晶』と呼ばれるものが利用できる。この世界では魔眼でも無ければ自分のステータスすら確認出来ない。しかし、ステータスによる恩恵を知り、自分を知ることには大きな意義がある。
故に、人々の多くは神託の水晶を頼ることになる。そして、神託の水晶は女神教でしか扱ってはいない。結果的に、女神教が信仰されることになる。
そうした理由もあって、神託の水晶の前には多くの人が列を作っている。
「私の前に並ぶ無礼な輩を片付けなさい、シルフィ」
「……はぁ」
キレるベルスレイア。全くこの人は……と、呆れ混じりのため息を吐くシルフィア。
「片付ける、と言ってもどうなさるおつもりですか?」
「殺してもいいわよ。私が認めるわ」
そんなとんでもないこと出来ません。と、喉まで出かかった言葉を飲み込むシルフィ。
「どうしたの? 早くしなさい。私に順番を譲って死ねるならアレらも皆幸せでしょう。救ってあげなさい」
「――まずは教会の方に話を通してきます。ベル様は馬車でお待ち下さい」
シルフィアはなんとか妥協点を見つけようと奔走する。
結果、教会は予備の神託の水晶を使うことを約束してくれた。ベルスレイアがフラウローゼス家の令嬢であること。そしてシルフィアが近衛騎士団の副団長であること。これらが作用し、便宜を図ってもらうことが出来た。
胸を撫で下ろすシルフィア。令嬢の護衛任務が、罪もない市民虐殺任務にすり替わるのは御免であった。
二人は応接室に通される。そして、教会の人間が予備の水晶を運び込んでくる。
「申し訳ありません。私も公爵家に名を連ねる身です。不用意に能力の仔細を明かすことは許されません。ですから、神託の水晶を使う時は私とお付きのシルフィだけにして頂けないでしょうか?」
上品を装うベルスレイア。その気品と、申し訳な下げに下がる眉に騙される教会の人間。
「お気になさらないでください。水晶をお使いになられるだけのことです。何も悪く思われるようなことはありません」
「そうですか……感謝いたします」
ベルスレイアは礼をする。公爵令嬢に頭を下げられ、悪い気のする者はそう居ない。教会側の者共も同様であった。
「では、ベルスレイア様。用件が終わりましたら、またお呼び立てください」
男がそう言って、退室する。水晶を運んできた三人の男もまた、後に続いて退室する。
応接室に二人だけとなった途端、ベルスレイアは気品ある仮面を剥ぎ取り、不遜な笑みを浮かべる。極めて自然な変化に、シルフィアはいっそ感心してしまう。よくもまあ、ここまで豹変できるなあ、と。
「さて、まずは神託の水晶が本物か確かめましょうか」
ベルスレイアは言って、水晶に手をかざす。
「ステータス確認」
そして、水晶の機能を起動する為に必要な言葉を発する。
すると同時に、水晶から幾つもの光の文字が生まれ、宙に浮かぶ。
それらは、ベルスレイアのステータスを表していた。
――――――――
名前:ベルスレイア・フラウローゼス(Bellsreia Flaurozes)
種族:吸血鬼
職業:打槍闘士
レベル:20
生命力:120
攻撃力:43
魔法力:45
技術力:41
敏捷性:36
防御力:31
抵抗力:33
運命力:44
武器練度:剣A 打槍S 拳A
魔法練度:闇A 炎C
スキル:血統 カリスマ 先手必勝 武器節約
根性 自然治癒 孤高 人類特攻
血の呪い 血の解錠 血の翼 魔素操作
覇者の魂 赤い月 収納魔法 血の魔眼
――――――――
「よし、問題ないわね。数字にも間違いは無いわ」
ベルスレイアは満足げに頷く。
その横で、シルフィアが唖然としていた。口を開け、目を見開き、驚きのあまり震えている。
「な、なんですか、これは!?」
「どうしたのシルフィ。気分でも悪いのかしら?」
「いえ、気分というか……ベル様のステータスが信じられないだけです」
「私を疑うとは良い度胸ね、シルフィ」
ベルスレイアはシルフィアの胸ぐらを掴み、引き寄せる。そして耳をがりっと噛んだ。
「す、すみませんベル様」
痛みと、そしてわずか一日で幾度となく繰り返された行為によって冷静さを取り戻すシルフィアだった。