剣術指南役シルフィア 07
護衛騎士としての任務の内容をゲイツと話し合って詳細に詰めたベルスレイア。時刻は夕刻が近づいていた。
常にベルスレイアとシルフィアは行動を共にすること。そして、フラウローゼスの屋敷に住み込みで護衛につくこと。この二点を、話し合いで了承させた。特に住み込みは重要である。
ベルスレイアはシルフィアに『ご褒美』を与えるつもりでいる。その過程で、シルフィアはベルスレイアの本性を知ることになる。だが、これをあまり喧伝してほしくは無い。故に屋敷で飼い殺すのは、当然の選択であった。
そんな意図も知らず、ゲイツはあっさり了承した。護衛騎士が住み込みで任務に着くのは珍しくも無い。当然のこととして、すぐさまシルフィアに荷造りの準備をさせた。
シルフィアも、まさか住み込み先が運命の分岐点とは知らず。実直に了承し、詰め所にある自室に向かうのだった。
こうして全ての準備が整い、ベルスレイアの帰館の時刻となった。
「では、任務に行ってまいります」
「頼むぞ、シルフィア」
ゲイツとシルフィアは軽く挨拶を済ませる。ベルスレイアの本性を知らぬ二人は、この任務をかなり軽く見ていた。
それを魔眼で視線も向けずに確認しながら、ベルスレイアは微笑む。通りをこちらに向かって進む馬車を確認すると、二人の方へと振り向く。
「馬車が来たようですわ。それではゲイツ様。今回は便宜を図っていただいて、ありがとうございます。この御恩は忘れないと誓います。――いずれ特務騎士団の団長として、お返しできる機会に恵まれるよう祈っております」
ベルスレイアの言葉に、ゲイツは感心する。わずか十歳でありながら、ゲイツの意図にも気づいている。賢く、強い。これは見込み以上の逸材かも知れない。と考え、恩を早めに売れた幸運に感謝する。
「こちらこそ。ベルスレイア殿のお力になれるとあれば、これからも手を貸すことに異存はありませんよ」
そして、これからも関係を密に頼む、という意味合いで言葉を返す。
「それでは御機嫌よう、ゲイツ様」
ベルスレイアは明言すること無く、停車した馬車に乗り込んでいく。必要以上の借りは作らず、確約もしない。貴族として意識高い行動であった。
その後ろに続き、シルフィアが乗り込む。
馬鹿正直な副隊長がどこまでやれたものか。僅かばかり不安に思いながらも、離れてゆく馬車を見送り、シルフィアの健闘を祈るゲイツであった。
――そんなゲイツの期待を裏切るように。
近衛騎士団の詰め所を離れてから、馬車という密室のベルスレイアは本性を顕にした。
「――さて、猫の被り物で演じた見世物は、お気に召していただけたかしら?」
「……は? それはどういう意味でしょう?」
突然のベルスレイアの発言を、シルフィアは理解できなかった。当然である。理解させる為の言い方をしていない。ベルスレイアはそれを承知で、分かりづらく言ってみせたのだ。
しかし、問答無用。理解が遅いのは悪いこと。お仕置きとして、ベルスレイアはシルフィアの服を掴み、ぐいと引っ張る。
「ひゃっ!」
小さく悲鳴を上げるシルフィアを、そのまま力づくで床に押し倒す。
シルフィアに覆いかぶさり、ベルスレイアは語る。
「私は面倒は嫌いだ。単刀直入に言うわよ。お前は私を愛らしく力強く優れた公爵令嬢と思っているようだが、一つ間違っている。私は力強く優れてはいるが、お前の思うような愛らしい存在ではない」
ベルスレイアの鋭い視線と低い声が、シルフィアを威圧する。状況が理解できず、シルフィアは抵抗もせず、困惑するばかりであった。
「そして、この私がお前のことを気に入ってやった。だから適当に理由をつけて、近衛騎士団からお前を奪わせてもらったの。今日からお前は私のものになる。喜びなさい、この私をベルと愛称で呼ぶ権利を与えるわ。私も私の持ち物には愛着を持つ主義だ。お前のことはシルフィと愛称で呼ばせてもらうわ」
「は、はい……」
シルフィアは、勢いに流されるまま頷く。
「よろしい。では、状況が理解できたなら頷きなさい。理解できなければ……そうね、三つまで質問を許しましょう。シルフィはこの私の持ち物だもの。他の愚物共より高い権限を与えてやるわ」
「……では、一ついいですか?」
シルフィアはさっそく、権利を行使する。
「私は、どうすれば良いのでしょうか。その、ベルスレイア様の意図について、私では計りかねているのです」
「やはりシルフィ。貴女はお馬鹿なのね」
ベルスレイアの罵倒がシルフィアの心に刺さる。だが、今は反抗しない。する気も起きない。豹変したベルスレイアに翻弄され、ただ息苦しいばかりである。
「私はシルフィに興味を持ったから手持ちに加えてあげたのよ。望むことなんて一つだけ。私を満足させなさい。それ以外に、貴女に何も求めることは無いわ」
「では、満足していただくには何をすればよいのでしょうか」
「そんなもの、なんでもいいわ。自分で考えなさい」
なんて理不尽な。とシルフィアは思ったが、口答えは出来ない。何が自分を祟る結果になるか、今のベルスレイア相手では予想も出来ないからだ。
仕方なく、三つ目の質問を口にする。
「ひとまず、任務として護衛騎士の努めを果たそうと思っているのですが……それでもかまいませんか?」
「好きにしなさい。私もお前を好きにするわ」
回答が無茶苦茶である。何の参考にもならない。こんな問答をたった三回する権利を貰ったところで、シルフィアには何の助けにもならなかった。
むしろ、首を締める結果となる。
「ふふっ。愚かなシルフィ。お前はあっさり私に貰った権利を全て使い果たした。お仕置きが必要ね」
なんて理不尽な人だろう。シルフィアがそう考える間に、ベルスレイアはお仕置きを実行。大した罪でもないので、お仕置きも軽い。シルフィアの耳に顔を近づけ――そのまま、耳たぶに噛み付く。
がり、と力強く噛まれたシルフィアは、痛みに顔を顰める。だが、声は漏らさないよう耐える。理不尽なベルスレイアのことだ。痛みに呻いたらさらにお仕置きされかねない。そう考えて、シルフィアは必死に堪える。
「可愛い反応をしてくれるじゃないの。ふふっ。私の想像以上に面白いわよ、シルフィ」
ベルスレイアはそんなシルフィアの反応に満足したのか、耳から離れる。そのままシルフィの上からも退いて、馬車の座席に座り直す。
「これからも、この私を楽しませてちょうだいね、シルフィ。貴女の愚かでお馬鹿で正直で素直な心が、どう苦しんでくれるか今から楽しみだわ」
「は、はぁ……よく分かりませんが、努力します、ベルスレイア様」
シルフィアは起き上がり、席に座りながら答える。すると、ベルスレイアに睨まれてしまう。
「な、なにか?」
「お前は私に貰った権利を捨てるほど偉いのかしら?」
「は、はあ」
「愛称で呼ぶ権利を与えたはずよ」
「あっ! ……すみません、ベル様」
「それでいいわ。次から間違えたら――そうね、また耳を噛みましょうか。悶えるシルフィは可愛くて好きよ」
ベルスレイアとどうにか会話を成立させるシルフィア。そして考える。どうしてこんなことになってしまったのだろう、と。もしかしたら、私は護衛する人を間違えたのかも知れない。そんな反省を、馬車に揺られつつ虚しく繰り返すのだった。
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