剣術指南役シルフィア 06
「そうですね。では、シルフィアをそちらの特務騎士団にお貸ししましょう」
「団長!?」
瞬く間に所属の変更が決まり、シルフィアは目を見開いて驚く。
「何を言うのですか! 私は近衛騎士団の副団長です。そう安々と、貸すと言われても困ります!」
「いや、問題ない。君は謹慎処分を明けたばかりで、今は大きな仕事を抱えていない。引き継ぎは容易だ。むしろ、ベルスレイア殿の剣術指南役ともなれば、並の騎士団員では務まらない。お前以上の適任はいないだろう」
「で、ですが……いくらなんでも突然過ぎます!」
シルフィアは反抗するが、それでもゲイツは押し通す。
「なら、新たな任務という形なら良いだろう。ベルスレイア殿は公爵令嬢でいらっしゃる。専属の護衛騎士を持つのも不思議な話ではない。幸い君は女性で、余計な政治的影響を考慮しなくて済むのも良い。そして護衛任務をしている内に、正式に所属の変更が通達されるはずだ。よもや、令嬢の護衛任務を嫌とは言うまい?」
「くっ……了解しました」
シルフィアは渋々引き下がる。貴族の子女を守るのは騎士として当然である。その態度をベルスレイアの前で堂々と披露しておきながら、今さら撤回するのはシルフィアの正義感が許さなかった。
ベルスレイアの狙い通りの展開であった。むしろ、ゲイツの方から護衛任務という形を提案してくれたのは幸運だ。提案がなければ、自分からその方向に話を誘導するつもりだった。
何しろ、護衛任務となればフラウローゼスの屋敷まで同行することになる。そこまで行けば自分の国。シルフィアを使ってどのように遊ぼうと、何の問題も起こらない。
「申し訳ありません、シルフィア様。私なんかの為に」
ベルスレイアは、ダメ押しに頭を下げる。
「いえっ! 決してベルスレイア様の剣術指南が嫌だというわけではないのです! ただ……私には、近衛騎士としての誇りがあります。本来の責務を放り出すことに違和感を覚えただけなのです。むしろベルスレイア様に護衛としてご同行し、剣術指南という形で交流を持てるのは嬉しく思っております」
シルフィアは、ベルスレイアが望んだ通りの反応をする。馬鹿正直で、真面目。他人の嘘や悪意を疑わず、誠意を以て接する。愚かで扱いやすい駒だな、とベルスレイアは満悦する。
が、そうした不遜な考えは表面に出さない。誰にも好かれる麗しき公爵令嬢を演じ、微笑みをこぼす。
「私も、シルフィア様に剣術を教えて頂くのが楽しみですわ。どうぞ、これからよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。名ばかりの護衛任務ですが、もしもの時は命に代えても貴女を守ると誓います」
二人は握手を交わす。これにて、契約は成った。
「では、ベルスレイア殿の護衛任務をシルフィアが担当。もののついでに、空いた時間でもあれば剣術の指南をするかもしれない――という形で任務を出しておきましょう。シルフィアはすぐにでも支度をして、ベルスレイア殿に付き従いなさい」
「了解しました」
ゲイツの指示により、正式にシルフィアはベルスレイアの護衛騎士に任命されることとなった。
完全に狙い通りに事が運び、ベルスレイアはニコリと笑う。猫被りの花の微笑みの裏には、純然たる黒い好奇心が渦巻いていた。