剣術指南役シルフィア 04
来賓室に向かい、歩くシルフィア。その背後に付き従うベルスレイア。
シルフィアの足取りは重い。そんなシルフィアの背中を品定めするように睨むベルスレイア。
さて。この私に迷惑をかけるほどだもの。相応の実力がおありでしょう。いいえ、あるに決まっているわ。無ければ、酷いお仕置きに決定ね。
そんなことを考えながら、ベルスレイアは前を歩くシルフィアを血の魔眼で見つめる。
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名前:シルフィア・ロンドウェイ(Sylphia Rondway)
種族:妖精族エルフ種
職業:剣聖
レベル:2
生命力:35
攻撃力:17
魔法力:18
技術力:21
敏捷性:19
防御力:10
抵抗力:13
運命力:23
武器練度:剣S
魔法練度:風S
スキル:回避 先制
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ほう、と感心するベルスレイア。ステータスは、ベルスレイアの期待以上に優れたものだった。
恐らく下級職である剣士を最大のレベル20まで鍛えた上で、上位職に転職したのだろう、というステータス。しかも、特殊な条件が転職に必要な剣聖である。並の努力でなれる職業ではない。LTOの知識を元に、ベルスレイアはそう判断する。
そもそも、この世界とLTOには大きな違いが一つある。
それは、死ねばそれで終わりかそうでないかという点。
LTOはあくまでもゲーム。レベルを最大まで上げた後に上級職へ転職するのは当たり前のことであった。負けても死なないのだから、当然のことである。
しかしこの世界は現実である。負ければ死に、レベルを上げた意味が消失する。そんな状況では、上位職に転職可能なレベル10に達した時点で転職する者も少なくはない。
何しろ、上位職は成長率が高く、ステータスも強化される。新たなスキルも習得できる。練度による武器や魔法の補正がかかる数も増える場合がある。
つまり、下級職のままレベルを上げるよりも上級職になったほうが強くなれるのだ。
ただし、それは最初だけの話である。いつ転職したとしても、職業毎のレベル最大値は20のまま。つまり、レベル10で転職した者は、レベルアップ十回分の成長機会を失ったも同然である。
故にLTOでは、低レベルで転職する者は居なかった。この世界でも、一部の強さを求める人間は高レベルで転職する。
それでも、せいぜい15や16といったレベルが関の山。20まで下級職を極める者は本当に稀である。
しかしシルフィアは、確実にレベル20で転職した猛者である。その証拠に、剣士のスキル『先手』がレベル20に達することで変化し『先制』へと強化されている。
そして、剣聖という上級職。剣士からの転職条件は、LTOではPvP大会での上位入賞。一定以上の魔法力。そして武器練度で剣がSに到達していることであった。この世界での条件はベルスレイアにも分からない。だが、条件が著しく緩和されていることは無いはず。
つまりシルフィアは相応の努力を経て、剣聖に至っているはずである。
剣聖は本来の剣士の上位職である剣豪の上位互換とも言える。魔法を一種選択し、扱えるようになる。成長率、成長上限も剣豪以上。生命力の成長率だけは剣豪より悪いが、元より耐久性を重視しないのが剣士系の職業である。大した問題にはならない。
エルフの種族特性も、剣聖となることを踏まえれば合理的に合致する。
剣聖の攻撃力の成長上限は低く、そのままの成長率だとレベル10になる頃には上限に達してしまう。成長率が上限に対して過剰なのだ。
そこがエルフであれば過剰な攻撃力の成長率を抑制し、反対に不足がちな魔法力の成長率を補完する。
また、剣聖の技術力の成長上限は40。全職業中最大の数値である。技術力と敏捷性は攻撃の回避能力に大きく補正をかける。それが最大の40ともなれば、並大抵の実力では攻撃を当てることもままならない。
そこに更にエルフの特性で成長上限が伸びる。その回避能力は驚異的なものとなるだろう。
さらに、剣聖には専用の攻撃スキル、『天剣』が存在する。
天剣とは、技術力の高さに依存する確率で発動する攻撃スキルである。
相手の防御力、抵抗力を半分だけ無視してダメージを与え、与えたダメージ量の分だけ自分の生命力を回復する。確率発動の攻撃スキルはリキャストタイムも短く、運が良ければ連発も可能。
エルフの種族特性により技術力が40を越えうるシルフィアには、非常に相性が良い攻撃スキルである。
今はレベルが不足しておりスキルを習得してはいないが、いずれ習得した時は恐るべき効果を発揮するだろう。
種族特性のデメリットもあって生命力には不安が残るが、回避力が高まれば攻撃が完全に命中する危険はほぼ無くなる。かすり傷程度であれば生命力と防御力が低くても問題は無い。いずれ習得する天剣の回復効果で、僅かな傷などすぐに癒える。
ベルスレイアはシルフィアをそのように評価した。つまり……御眼鏡に適う実力があった為、お仕置きは回避された。さすがは回避特化の上位職、剣聖である。
――お仕置きはやめてあげる。その代わり、がんばり屋さんにはご褒美をあげないと。
そんな事を考え、ベルスレイアは怪しく微笑む。
「……っ? ベルスレイア様、何か背中に触りませんでしたか?」
「いいえ、何も」
「そうですか……失礼しました」
妙な悪寒を感じたシルフィアが後ろを振り返った。だが、ベルスレイアは何食わぬ顔でとぼける。
密かな企みに巻き込まれるともつゆ知らず。シルフィアは黙々と、ベルスレイアを来賓室に案内するだけであった。