剣術指南役シルフィア 03
訓練場に向かうと、エルフの女がベルスレイアを見つめていた理由が分かった。
そこには、装備で身を固めた男が五人。誰もがベルスレイアを見るなり、不快そうに視線を飛ばす。歓迎はされていない様子だった。
「――まるで、貴族の子女程度に新設の騎士団長を任せるのが気に入らない、とでも言い出しそうなお顔をしていらっしゃいますね」
ベルスレイアは事情を悟った。この一言に、ゲイツが苦笑しつつ頷く。
「ですが、彼らを全員相手にして勝つ実力がなければ、新設される特務騎士団の団長は務まらないでしょう。何しろ、予定では選りすぐりの精鋭を少人数集めるだけですから。実力が無くては舐められます」
ここで初めて、新設の騎士団がどのようなものなのか知ったベルスレイア。
「それも正論ですわ。ただ、婦女子を相手に集団で襲いかかるのは、近衛騎士団の誇りを傷つけることになるのでは?」
「負けるようなら、彼らは近衛騎士団ではありません」
「ふふっ。女性を取り囲み、集団リンチを加えるお仕事でもあるのかしら」
「そうならないよう祈るのが、私の今日の仕事です」
つまり、戦って勝てということ。ベルスレイアは十分に意味を理解し、頷く。
「分かりました。こちらも装備を整えたいと思います。どこか空いている部屋でもお貸しいただけませんか?」
「訓練場の準備室では駄目でしょうか?」
「これでも乙女ですから、秘密が多くございますの」
装備の準備も含め、自分の手の内は明かさない。暗にそう伝えると、ゲイツは理解したように頷く。
「それでしたら、来賓室をお使いください。着替え中は誰も近寄らぬよう、手配しておきましょう」
「――団長ッ! やはり、今回は試験を中止するべきです!」
話が順調に進んでいたところに、例の女エルフが口をはさむ。
「近衛騎士団の精鋭五人を相手など、私でも後れを取りかねません! それをあの英雄ルーデウス様のご息女とは言え、年端も行かぬ少女に試練として課すなど……卑怯です! これが近衛騎士のやることなのですか!?」
「シルフィア。それは昨日も話しただろう。それに了承も取ってある。ルーデウス様も、ここで後れを取るようでは、不適格と言われても仕方ない。そう仰っていた」
「ですが!」
女エルフ……シルフィアと呼ばれた騎士が口を開くほど、ベルスレイアは不快感を覚える。
この私を侮るとはいい度胸ね。しかも私の貴重な時間を奪ってまで無駄な嘆願をする始末。どのように責任をとってもらおうかしら。
頭の中で、シルフィアという女エルフへのお仕置き候補を並べ立てる。そんなベルスレイアをよそに、シルフィアとゲイツの論争は続く。
「ともかく、既に決まっていることだ。この上ベルスレイア殿まで了承しているというのに、お前が口をだすことは許されんぞ」
「それでも……私は近衛騎士団こそ正義を貫くべきだと思います。試験を言い訳に女子供に暴行を加えるような真似は許せません!」
「お前の感情の問題ではない。シルフィア、これ以上口出しするなら、副団長と言えど私の権限で謹慎処分にするぞ。ついこの間、暴走して受けた謹慎処分を終えたばかりだろう。まだ反省が足りんというのか?」
「……ここは黙ります。しかしベルスレイア様に危険が及ぶようであれば、たとえ除隊処分になろうとも試験に割り込み、実力行使をさせてもらいます」
少しの沈黙、逡巡の後、シルフィアは宣言する。
「そういうことは、馬鹿正直に語るもんじゃないだろう。……公爵令嬢の怪我を防ぐ名目であれば、私も口出しはしない。好きにすればいい」
「ありがとうございます、ゲイツ団長」
シルフィアとゲイツの会話が終わる。これを話半分で聞いていたベルスレイアは、ようやく終わったのね、とため息を吐く。
「……すみません、そろそろ試験の準備をさせていただけませんか?」
「ああ、申し訳ありません。それでは、シルフィア。ベルスレイア殿を来賓室にご案内してくれ」
「はっ。了解です」
シルフィアは胸に握りこぶしを当て、ゲイツの指示に従う。
「それでは、ベルスレイア様。私が来賓室にご案内いたします」
「ええ、ありがとうございますシルフィア様」
笑顔で受け応えるベルスレイア。だがご機嫌は斜め。無駄な手間を取らせたシルフィアの評価は、現在最低レベルにある。