鈴本清美という少女 03
「――そう言えば、また高城さんが清美のこと睨んでたよね」
話に区切りがついたところで、薫が話題を口にする。
「ああ、あの不良たちね」
雪菜も知っていた、というふうに頷く。
「本当にもう、清美の良いところが理解できないバカばっかりで困るわ」
雪菜は言って、ため息を吐く。
何しろ、雪菜はクラスメイトの誰よりも清美を信奉する清美信者である。清美が右を左だと言えば左と思う。土下座しろと言われればその場で即座に伏す。それほどの覚悟を持った信者である。
当然、清美はそのような命令はしない為、雪菜の独り善がりな覚悟にはなっているのだが。
「この私が直々に清美の良さを教え込んでやろうかしら」
「もう、雪菜ちゃんったら。私はそんな大層な人間じゃないよぉ」
困ったように、頬をポリポリと掻きながら言う清美。この何気ない仕草でさえ、清美の美貌の下であれば完成された美術品のようですらある。
故に雪菜は顔を赤くして清美を見つめる。
「そんなことないわ。清美は最高よ。天使よ。というか神よ」
雪菜の言葉は冗談じみていた。が、頭は本気である。
何しろ清美はスポーツだけでなく、勉学においても優秀。全国模試で二桁の順位に何度も入り続けている秀才である。
雪菜もまた三桁前半の常連であり、常人よりは優れた知能を持っている。しかし、その雪菜をしても勝てず、スポーツも万能で外見も美しい。あまりにも、全てを持ちすぎていた。
そして、そのような完璧な存在が、物心つく前から身近に寄り添っていた。
故に雪菜は、清美を信奉する以外の選択肢が持てなかった。
「天使とか神とかよく分かんないけどさ。清美が人に嫌われるようなことなんて何もしてないのは私にも分かるよ」
雪菜の言葉に続く薫。
薫もまた、ある種の清美の信者である。しかし、雪菜のように尊き至上の存在としているわけではない。
優れた能力を持つ雪菜を尊敬している。しかし一方で、純粋無垢が過ぎる清美はどこかか弱い存在ではないか、と儚んでもいる。
故に、薫は清美を守らねば、と考える。儚く尊い清美を、自分が守らなければ。いつか、この無垢の花は手折られてしまう。そんな不安が薫を駆り立てる。そして、無垢なる高嶺の花に寄り添える幸運を享受している。
だから薫は、清美の信者であるとも言えた。清美を信奉していた。清美さえ存在していれば幸福であった。
だから、清美を疎ましく思うような輩を理解出来なかった。
「私……あの人達は苦手です。なんだか恐いですし。それに、廊下ですれ違う時も、避けてくれないから肩がぶつかりそうになって危ないですし」
最後に、美緒が話に乗っかってくる。
美緒は未だ、清美の信者とは言えなかった。だが、すでにその兆候はあった。
昔から引っ込み思案だった美緒にとって、清美はあまりにも眩しい存在だった。自分と同じ高さに降りてきてくれる太陽。柔らかく温かい光を放つ存在。どこか居場所の無い感じのしていた自分に、新たな居場所をくれた人。
それが、清美に対する美緒の評価だった。そして、それは今や転じて異なる感情になりつつあった。
清美がいれば、不安は何もない。清美が側にいれば、温かい。清美の近くにいれば、何の恐れもありはしない。心細く、正体も分からぬ他人の目線に怯える必要も無い。全て包み込み、清美が守ってくれる。
だから自分は、清美を見つめ続けていればいい。
それが今や、美緒にとっての清美という存在だった。
しかし未だ自覚してはいない。無意識であるため、清美の信奉者と言える域には達していない。
「みんな、そんなに高城さんのこと悪く言っちゃだめだよ?」
そして――清美は、自分を擁護する為、高城を貶める発言をしていた三人を戒める。
「高城さんだって、なにか理由があるはずだよ。心の底から、誰かを憎むことなんてできない。だから、きっとわけがあってああいう感じになってるんだよ」
清美の語る言葉は、三人の考えを否定するにはあまりにも稚拙な性善説であった。
だが、三人には十分であった。清美の語る言葉は真実だ。故に、稚拙な性善説は斬新な批判となって三人の胸に刺さる。
「確かに……事情も知らず、批判をするのは良くないわね」
「まあ、あいつらも仲間内では悪い感じじゃないだろうしね。相性ってのもあるよ、きっと」
「そうですね。私とは、相性が悪いだけかも」
あっさりと、清美の言葉に掌を返す三人。
そんな三人を見て、清美はまるで満足したように微笑む。
「うんうん。悪いふうに考え始めたら、なんでも悪くおもえちゃうからね。まずは相手を信じて、良い方に考えてみよ? それからよく話し合って、相手を理解してあげようよ。そしたら、きっと上手くいくはずだもん♪」
清美は愚かとも言える善人の理論を語る。
だがやはり、三人はこれを受け入れる。
「やはり、清美には敵わないわね」
「うんうん。清美はこうでなくっちゃ」
「私も……清美さんのこういう優しいところ、好きです」
こうして四人は、今日もどこか歪な会話を繰り広げながら、下校する。
この清美を最上位に据えた歪さこそが、高城に嫌われる所以であるとも知らずに。