剣術指南役シルフィア 01
ベルスレイア、十歳のある日。父ルーデウスから突如、王国騎士団に所属するよう指示を受けた。
突然のことだった。ベルスレイアが普段どおり朝食をとっているところに、ルーデウスが顔を出して指示を告げた。
しかもルーデウスらしからぬ、堂々とした態度である。
「どういう風の吹き回しかしら?」
「何ということはない。ベルよ、お前を我が娘として育ててきたのは、全て今日のこの日の為だったんだよ」
何やら意味ありげに言ってみせるルーデウス。どうやらベルスレイアも知らぬ事情が関与しているらしい。しかもルーデウスの言葉から察するに、自身の出生の秘密にも関わる。俄然興味が湧き、話に乗るベルスレイア。
「私は、貴方の娘ではなかったのかしら?」
「いいや、確かに君は僕の血を引いているよベルスレイア。その黒い髪は、紛れもなくフラウローゼス家の血統の証だからね。この国でこれほど美しい黒髪は、フラウローゼス家以外にありえないんだよ」
黒髪が珍しいことを、ベルスレイアはこの時初めて知った。前世ではむしろ普通の色であったため、気付かなかったのだ。
「だが、君という子供を作ったのは紛れもなく目的の為だ。その一つが今日、君にやってもらいことなんだよ」
「さっきも言っていた、新設の騎士団に所属しなさい、という話ね」
「ああ。王家直属の特務騎士団を新設することになっていてね。ベルスレイア、君にはそこの騎士団長を務めてもらいたいんだ」
「まあ、騎士団長? 私、格好いい肩書きは好きよ。素敵な椅子を用意してくださってありがとう、お父様」
ベルスレイアは、わざとらしく喜んで見せる。
だが、騎士団長という肩書きに興味が引かれたのは事実。ただし、何故十歳の子供に団長を任せるのか、という訝しみが九割である。
一方で、お父様と呼ばれたルーデウスは怖気に襲われ、目眩を起こしていた。世界は今日、終わるのかも知れない。そんな錯覚さえ覚える。
「……ともかく、ベルには特務騎士団の団長となってもらいたい。それには明日、王家直属の近衛騎士団の詰め所で試験を受けてもらわねばならないんだ」
だが、倒れそうな体調を隠して必死に必要な説明を続ける。健気な父である。
「試験? この私をクズ共が試すというの?」
ベルスレイアは不機嫌そうに眉を顰める。逆鱗の位置が分からない。これもまた、父ルーデウスを苦しめる要因の一つである。
「僕はベルの力を何度も説明したんだけれどね。まだ向こうは半信半疑なんだよ」
侮っているのは自分ではない。そう教えることで、ベルスレイアの報復を避けようとするルーデウス。
「ふうん……でも、最近はサティウスで遊ぶのにも飽きていたところよ。その戯れに付き合ってあげるのも悪くないわね」
結局、ベルスレイアは普段どおり傲慢故の寛容さで試験を許した。
「ありがとう、ベル」
ルーデウスは安堵の息を吐き、部屋を離れた。本来はベルスレイアの朝食の時間を邪魔すると、おしおきが待っているからである。
用も無く同席すると、荒縄で縛られ三日三晩はこの部屋に放置される羽目になる。かつてメイドが同様の仕打ちを受けていた為、ルーデウスは当然警戒していた。
それでもわざわざ、朝食の席に顔を出したのだ。それほど今回の話がルーデウスにとって重要なことだったのだろう。――と、立ち去るルーデウスの背を見送りながら考えるベルスレイア。
なお、三日三晩の刑を受けたメイドは現在、朝食の給仕担当である。そしてベルスレイアを信奉するメイドの一人でもある。
その後、ベルスレイアは思考に耽った。
今日のルーデウスの話には、思う部分があった。話しぶりから察するに、ルーデウスは自分の子供としてベルスレイアを作ったのではない。恐らく何らかの目的があって、意図的に産ませた子供なのだろう。
目的があれば、期待も存在する。そして期待の内容は繰り返し試されることによって察しもつく。
ベルスレイアの場合は、武力。三歳で魔物の檻に閉じ込めるほどだ。戦闘能力を望まれていることぐらいは誰にでも分かる。
しかも、十年だ。十年かけて、ようやく期待された力を発揮する場所が用意された。それは即ち、それだけ長大な計画の下、ベルスレイアという存在が作られたことを意味する。
そして、十年間ベルスレイアが屋敷を監視し続けて、尻尾も出さないような何者かによる計画でもある。入念すぎる隠蔽は、それだけ相手の厄介さを如実に現す。
その用意周到な何かが自分を利用しようとしている。
ベルスレイアにとって、不愉快な事実であった。