悪役令嬢の嗜み 11
ベルスレイアはしばらく庭園に残り、お茶請けを食べつつ景色を楽しんでいた。
屋敷から滅多に出られないため、庭園の景色が新鮮で楽しいのだ。サティウスに語った言葉も、まるで嘘というわけではない。
そこへ、人影が近づいてくる。
「――ベルよ。サティウス様は……その、どうだったかな?」
父、ルーデウスであった。
「聞く必要があるかしら? 覗き見していたのでしょう?」
「っ、それは……」
ベルスレイアの指摘に、ルーデウスは焦る。実際、遠見の魔法でお茶会の様子の一部始終を覗き見ていた。無礼を働いた以上、殺されてしまうかも。ルーデウスは勝手に恐れた。
だがベルスレイアは寛容である。この私を見ていたいという気持ちは分かるわ。私もできれば、どこにでも鏡を用意しておいて欲しいもの。等と見当違いな方向でルーデウスに共感する。
当然、ルーデウスが何故覗き見をしていたのか理解した上ではあるが。
「訊きたいことがあるなら、率直に言いなさい。お前は私に手間を掛けさせるほど偉くなったのかしら?」
ベルスレイアは傲慢な物言いでルーデウスを責める。当然、本来はルーデウスの方が偉いので間違っているのはベルスレイアである。
だが、魔物を縊り殺す六歳児を前にしては常識も通用しない。ルーデウスは慌てて本題を切り出す。
「ベルは、サティウス様にこれが政治的な意図での婚約であると告げるのではなかったのかな?」
「あら。どうしてそう思ったのかしら」
「……僕の記憶が正しければ、君はサティウス様に興味が無いと言っていた。勘違いされても困る、とも言っていた。そして今回のお茶会は勘違いを避けるために開いたのだろう?」
「その通りよ」
「では何故、サティウス様とあのように親しげにしていたのかな?」
「その方が楽しいからに決まっているじゃない」
ベルスレイアは、当然の事といった風に答え、そして笑う。
「どうやら勘違いしているのはルーデウス。貴方のほうみたいね」
指摘され、ルーデウスの額に冷や汗が浮かぶ。
「私は、サティウスなんかに興味は無いわ。でも、お前たちクズの習慣に合わせたままごとは意外と愉快なことが多くて好きよ。今日も私に騙されて踊るサティウスはなかなか面白い見世物になったわ」
自国の第一王子を相手に見世物呼ばわりをして、なおベルスレイアは悪びれない。いや――たかが王子如きでは、ベルスレイア相手には力不足なのだろう。
不敬な発言を続けるベルスレイアに、尚更顔を青くするルーデウス。だが、ベルスレイアはルーデウスに構わず話を続ける。
「それに、私の言う『勘違い』とお前の思う『勘違い』は別物よ。私にとって、この婚約はお前たちクズの狙いに従ったのではない。私が選んだ娯楽の一貫に過ぎない。そこを、お前もサティウスも『勘違い』していたわけ」
ベルスレイアの自惚れは想像を越えていた。思わぬ方向に進む話を、青い顔のまま聞くしかないルーデウス。
「せっかく私が婚約ごっこに付き合ってやるというのに、まるで私がお前らクズの下にいるように思われるのは癪だったの。だから、今日はサティウスの勘違いを正してやったわ。もうサティウスは、これを政治的な婚約だとは思わない。私と本当に愛し合っているのだと思うことでしょうね。ふふ、面白い」
王子を手玉に取り、騙してなお面白いと言って笑うベルスレイア。不敬を通り越して、非道ですらある。ルーデウスが覗き見た限り、サティウスは本当にベルスレイアを好ましく思っていた。猫を被ったベルスレイアの、花のような笑顔に心和んでいた。
だがそれはベルスレイアに騙された結果なのだ。そして騙されたまま好意を全身で表現する。これを見たベルスレイアに内心で嘲笑される。
あんまりである。男に対してこれ以上の酷い仕打ちは無いだろう、とルーデウスは思った。
だがルーデウスにはベルスレイアを諌めることは出来ない。父など名ばかり。その気になれば虫のようにぷちっと殺される立場なのだ。文句の一つも出ることはない。
「これからも、サティウスとは気が向いた時に遊ばせてもらうわ。ついでにお前たちクズの政略にも乗ってあげる。感謝しなさい、ルーデウス」
「……ああ。ありがとう、ベル」
冷たい笑みを浮かべるベルスレイアに、ルーデウスは惨めに頭を下げるしかなかった。
ここまでお読み頂き有難うございます。
ここまで来て、ようやくベルスレイアというキャラクターを描けました。
長くかかりましたが、これからも宜しくお願いします。
ベルスレイアというキャラクターを気に入ってくださった方、これからが気になる方は、是非ブックマークや評価をして下さると嬉しいです。