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悪役令嬢の嗜み 09




「ルーデウス。怯えてばかりでは話が進まないわ。私が興味を抱いてやるのだから、礼儀を尽くしなさい」


 ベルスレイアの言葉で、青ざめたままのルーデウスはハッと気づいたように顔を上げる。いつの間にか、恐怖のあまり威圧され、黙り込んでいたのだ。


「す、すまなかったベル。それで縁談の話だが……君の言う通り、第一王子サティウス様との婚約を、という話が挙がっているんだ」


 ルーデウスは青い顔のまま話す。ベルスレイアの前で失態を犯したせいでもあるが、もう一つ。

 何故、この件をベルスレイアが知っていたのか。それが分からず、不可解であるが為に怯えが増す。

 第一王子との婚約ともなれば、密談にて内々で話が進む。ルーデウスが言葉にして婚約の話をしたのさえ、今日が初めてであった。なのに何故、と考える。


 このからくりは、単純であった。まず一つ、LTOの悪役令嬢ベルスレイアの婚約者が他ならぬ第一王子。聖王国サンクトブルグのサティウスであった為だ。


 そしてもう一つの理由は、ベルスレイアの血の魔眼の力である。魔眼の能力はすでに屋敷に留まらず、周囲の庭園さえ全体を把握可能となっている。

 そんな中、ルーデウスは自室で密書を認めている。書き文字を覗くのは、会話を盗み聞きするより遥かに容易い。


 王家と交わす密書の内容から、ベルスレイアは既に自分がサティウスと婚約するのだと知っていた。

 そもそも、公爵家を破滅させかねないほど無数の秘密を覗き見ている。たかが婚約の話ぐらい、別に動じるような内容でもないのだ。


 ベルスレイアは、事前に用意していた答えを口にする。

「婚約は受けてやりましょう。同じ国に住むよしみだもの。ただ、私はサティウスなんかに興味が無い。勘違いされても困るから、一度会って話をしたいわね」

「そ、そうかい。なら、どうにか顔を合わせる機会が得られるよう手配しよう」


 ベルスレイアの返答に安堵し、胸を撫で下ろすルーデウス。王家の下につくような真似を、ベルスレイアが許さないのではないか。そう思えば、気が気でなかったのだ。


 だが、ルーデウスが思うほどベルスレイアは無慈悲ではない。むしろ、他人をどこまでも見下している為、王家だの婚約だのと言った話は気にも留めない。有象無象のささやかなおちゃめ。そんなものにいちいち怒る方が惨め。そう考えている為、ベルスレイアは何も言わない。


 つまり蟻を観察している感覚なのだ。たとえここでルーデウスがベルスレイアに対し無礼を働いたところで、ベルスレイアは怒らない。蟻が蟻なりに威嚇行為をしたところで、人が怒るわけがない。それと同じ理屈で、ベルスレイアは他人に対してある種寛容である。


 ただし、噛み付く蟻に対しては無慈悲である。実際、ベルスレイアを嫌っていた屋敷のメイドが一度、食事の中にゴキブリを混ぜて出したことがある。

 当然、ベルスレイアは怒る。「これはお前たちクズ共のご馳走なのかしら。折角だけど、私一人で食べるのは勿体無いわ」と言って、メイドの口にゴキブリ入りのシチューを流し込んだ。吐き出そうとする口を怪力で押さえ込み、呼吸すらままならぬよう鼻をつまんで嚥下を強要した。


 しかし反撃はそれで終わらない。翌日も、そのまた翌日もベルスレイアは同じメイドを呼びつける。そして自分の食事の中に、わざわざ自分で捕まえたゴキブリを混ぜ込んだ。

 メイドは顔を真っ青にしながら、ベルスレイアの語る「クズ共のご馳走」を連日のように平らげる羽目となった。


 以来、屋敷のメイドは誰一人としてベルスレイアに逆らわない。ベルスレイアが大抵のことでは怒らないことを知っていたが、これ以後は認識を改めた。ベルスレイアは寛容ではなく無関心なのだ、と。もしも関心を引くようなことがあれば悲惨な目に遭う。


 このメイド達の認識は正しい。ベルスレイアは他人の知能に期待していない。だが、自らに歯向かう程度の知能があると分かれば、不愉快なので早めに摘み取ることを選ぶ。噛まれて痒くなる虫がいれば、必ず殺す。それと同じ道理である。


 なお、ベルスレイアの食事にゴキブリを混ぜたメイドは今でも働いている。

 一週間もゴキブリ入りの食事を食べさせられ、泣いて謝罪した。もう嫌だ、これ以上は耐えられない、と。


 するとベルスレイアはあっさりメイドを許した。「よく頑張ったわね。偉いわ」と言って頭を撫でてやったのだ。

 この時、虫かごで飼っている虫に愛着が湧いた程度の感覚だったベルスレイア。だが、メイド側はそうもいかない。散々虐待を受け、突如優しくされる。理解が及ばないベルスレイアの精神構造に恐怖し、畏怖した。

 そしてベルスレイアという存在は何か異質で、自分とは違う次元に住まう存在なのだ、と納得した。


 最終的に、メイドはベルスレイアを特別な存在として敬愛し、心酔するようになる。


 このように、メイドの中にはベルスレイアに心酔する者も少なくはない。異様な状況ではあるが、ベルスレイアは自分第一であるため気付かない。気にも留めない。

 メイド達もまた、触らぬ神に祟りなし、と無関係を貫く。むしろ、心酔するメイドにベルスレイアと近くなる仕事を任せて保身を図る。そうしてベルスレイアとメイド達の関係は、良好な状態が保たれているのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「ベルスレイアを嫌っていた屋敷のメイドが一度、食事の中にゴキブリを混ぜて出したことがある」 食材にゴキブリが入っていれば、誰しも気がつくでしょう。気がつけば、誰がゴキブリを入れたか調査が行…
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