悪役令嬢の嗜み 08
ある日、ベルスレイアは父ルーデウスに呼び出された。
お前が顔を出せ、とメイドを突っ撥ねたところ、父は馬鹿正直にベルスレイアの部屋を訪れた。
「ベル。君に話があるのだが、良いだろうか?」
ルーデウスはベルスレイアの機嫌を伺う。父として敬語こそ使わないが、態度が上下関係をはっきりと示していた。
「勝手に喋ればいいわ。私の耳がお前の言葉の価値を判断してやる」
そして、ベルスレイアのこの言い草。父親に対する敬意も何も無い。まるで平民相手の貴族のような振る舞いである。
「実はね、ベル。……お前に縁談の話があるのだ」
「縁談? 第一王子かしら」
「――ッ!? な、なぜそれを」
見透かすように言ってみせたベルスレイアに対し、ルーデウスは怯えるような表情を浮かべる。
まるで父親とは思えない態度。そして生まれて三年間も無視し続けていた男の態度でもない。
これは、ここ三年の間にベルスレイアと接してきたことに原因がある。
貴族としての教育を受け、公爵令嬢として屋敷で贅を尽くした。これはベルスレイアから自重と我慢の二文字ずつを奪うことになった。
清美だった頃から、自尊心は強かった。だが、過剰に他人と衝突するようなことは避ける性格であった。
しかしベルスレイアとしての六年が人格に大きな影響を与えた。
貴族としての教育は、人を人と見ない残酷さを育てた。貴族が平民を物として扱うように、ベルスレイアは他人を物扱いする。
そして貴族待遇の生活がベルスレイアの傲慢さを育てた。常に他人が譲歩してくれる日々の中、自分を何より愛するベルスレイアは人の気持を考えない。誰がどう思っても構わない。嫌な思いをしないのは自分だけで十分である。
傲慢で、残酷で、自惚れ屋のナルシスト。それが現在のベルスレイアである。
当然、父親であっても例外ではない。
自分をいつでも殺せる力を持った化物が、傲慢であり、残酷であり自惚れ屋でナルシスト。しかも同じ屋敷に住んでいるのだ。
そんな日々を三年も過ごせば、萎縮するのも当然と言える。
だが――ルーデウスがベルスレイアに怯えるのはそれだけが理由ではない。
「ふふ――何を怯えている、ルーデウス。仮にも私の父親なのだろう?」
挑発するように笑うベルスレイア。
「は、はは……怯えてはいないよベル。子供の機嫌を損ねたくないのは、親としての義務さ」
「でしょうね。何しろ三つの時に狼、四つの時に大きなゴリラ。五つの時には毛皮の燃える熊を縊り殺す子供ですもの。今年に至ってはつい先日、空飛ぶ蜥蜴を落としてやったばかりだったかしら?」
ベルスレイアに一つずつ、怯えの原因を指摘されるルーデウス。言われるほどに顔は青ざめる。恐怖を隠すように、笑みを貼り付けたまま。
ベルスレイアの語った言葉は、正にルーデウスの恐怖の核心を突いていた。ベルスレイアは誕生日が来る度、その力を確かめるように魔物と戦わされる。三歳の時に殺した狼が最初だった。
この時、ルーデウスはベルスレイアに力があることに気づいていなかった。故に、この段階では処分する気だった。狼の魔物――ハウンドウルフに食わせるつもりで、同じ檻に閉じ込めたのだ。
だが、ベルスレイアは生き残った。素手で容易くハウンドウルフを殺してみせた。予想を裏切る結果に喜びこそしたものの、何か恐ろしいものが生まれてしまったのでは、という恐怖もあった。
翌年も、ルーデウスはベルスレイアに魔物と戦わせた。グレートコングと呼ばれる魔物。森林の奥地に生息し、聖王国の騎士団でさえ出くわせば小隊一つ壊滅するような相手。
これも、ベルスレイアは素手で殴り殺す。
暴力の権化たるグレートコングに、単純な腕力で挑み勝利した。その事実は、当時のルーデウスを恐怖させた。
だがそれも力の一端に過ぎない。それに気づいたのは、翌年フレイムグリズリーという魔物と戦わせた時であった。炎の毛皮は剣を弾き、刃を溶かして潰してしまう。そんな怪物の燃える身体にベルスレイアは拳一つで突っ込み、勝利してしまった。
おかしい、とさすがに気付くルーデウス。ベルスレイアは腕力に優れた化物だ、としか思っていなかった。が、それではフレイムグリズリー相手に無傷で勝利できる理由が分からない。
もしも、と仮定する。もしもベルスレイアが腕力だけでなく、あらゆる面で優れた力を持っているのだとしたら。そして力を隠す為に、わざと拳一つしか見せびらかさないのだとしたら。
これまでとは比較にもならない怖気がルーデウスを襲った。仮定が正しければ、ベルスレイアはわずか三つばかりの頃から、その力をひた隠している。魔物を縊り殺して有り余る能力を、ルーデウス相手に隠そうとしている。
その得体の知れなさに恐怖した。
そして今年に至ってはワイバーンを素手で殺した。竜の鱗の上から殴って、上空から突撃してくる瞬間を狙った一撃。頭部をミンチのように砕かれ、即死。
恐れるな、という方が無理がある。
下手をすれば、機嫌一つで自分が殺されるかも知れない。そんな状況が日夜続いているのだから。