悪役令嬢の嗜み 05
魔眼で屋敷全体を覗き見し続け、約半年。
ベルスレイアは劇的な成長を遂げた。
と言っても、肉体的ではない。能力が開花した、と言うべき変化。
まず魔眼の使い方をより深く理解したのだ。
血の魔眼とは、ゲームにおけるメッセージウインドウ。そしてマップ情報。あらゆる画面情報を再現するスキルである。――と、思い込んでいた。
しかし、それが違うと直感したのは数ヶ月も経った頃だった。
ふと思い至ったのだ。魔眼に魔素を流し、壁を透視する。景色を理解する。他人のステータスを覗き見る。これはまるで――魔素を変換し、魔法を使っているようではないか、と。
魔法とは、魔素のエネルギーを魔導書等を媒介にして多様な現象を起こすことである。
ベルスレイアはLTOというゲームの先入観で、起こす現象を攻撃魔法のようなものに限定して考えていた。
しかし、冷静に考えてみれば、血の魔眼が行っている処理は魔法そのものである。
魔素を流し、普通の眼では認識できないものを見る。特殊な現象が正に起こっているというのに。こんな単純なことに気づかなかった自分を、ベルスレイアは恥じた。
一度恥じれば、ベルスレイアには十分。
前世から優秀で、不可能など何もないと自負するほどのベルスレイア。自身の才能を何よりも信じ、尊ぶ。だから、可能性に思い至った。
血の魔眼が魔法の媒介となるなら、私は魔導書無しでも魔法が使えるんじゃない?
自分に自惚れる時のベルスレイアは強く、早い。即座に血の魔眼を通して、闇の魔法を行使する訓練を開始した。
闇の魔法練度が高かったおかげなのか、ベルスレイアの頭にはすでに知識が詰め込まれている。闇魔法がどのような原理で発動し、どのような変換を経ているのか。LTOの裏設定資料集にも無かった知識が、ベルスレイアにはあった。それを不自然にも思わず、利用し、魔法の行使に挑戦する。
――私が闇魔法の知識を持っていることぐらい、何もおかしくないわ。だって、私だもの。
支離滅裂ではあるが、自分に対して圧倒的な説得力のある理屈をベルスレイアは唱えた。闇魔法の知識に限らず――実は無数の知識が自分の中に眠っていることを悟っても、同様の理屈で動じることは無かった。
そうして数日のうちに、覚えた記憶もない知識を無数に利用し、ベルスレイアは闇魔法の行使に成功した。
いや――成功とは言えない。
大成功。超越であった。
闇魔法の行使は問題なかった。既存の魔導書――つまりLTOで知っていた通りの魔法は問題なく発動した。
しかしベルスレイアは違和感を覚えた。
そもそも魔眼に魔導書の機能そのものが備わっているわけではない。なのに、魔法は実行できた。
ならば――魔導書で定められた枠組みとは異なる魔法でさえ、自在に行使できるのではないか?
ベルスレイアは自分の可能性を無限に信じ、疑う。もっと出来るに決まっている、と疑い続ける。
その結果、魔眼を通して発動する魔法は、かなりの自由が利くことが分かった。
魔素から魔法に変換する過程の都合上、ある程度の枠組みは存在する。だが、決まった一定の効果を持つ魔法しか放てない、というわけではなかった。
時に威力を。時に効果範囲を。またある時には消費する魔素の量を減らしてみたりもした。
さらには、既存の魔法とは全く異なる魔法の行使にも成功した。
魔法とは魔素を変換して行使するものである。故に、魔素を変換する過程さえ正しく組み上がっていれば、別に既存の魔法と同じ過程を辿る必要は無いのだ。
過程が異なれば、発動する魔法も異なる。そして既存の魔法は全ての変換過程を網羅するようなものではない。むしろ、ほんの一部分である。
つまり――ベルスレイアは、変幻自在に闇魔法を操る手段を手に入れたことになる。
さらには、魔法の行使の副産物として、魔眼と脳の成長もあった。
魔眼に魔素を込める以上、その分肉体的に成長する。そして魔眼と距離が近い以上、脳にも大量の魔素を浴びせることになる。これに加えて、常に屋敷を監視し、脳を酷使していた分もある。
結果として、ベルスレイアの脳は劇的な情報処理能力を得ることとなった。
要するに、脳がコンピューターのような処理を実行し、膨大な血の魔眼の情報を問題なく知覚可能になったわけである。
着実に、ベルスレイアはその力を高めていた。
未だ、生後一年にも満たない赤子であるにもかかわらず。




