悪役令嬢の嗜み 03
ベルスレイアがステータスを確認してから、数日後。
あっさりと血の魔眼の使い方が分かってしまった。
と言っても、意図的に解明したわけではなかった。偶然の産物である。
まず、ベルスレイアはこの世界に馴染むことを優先した。
この世界はLTOと同様、魔素が存在する世界のはず。そして魔素を操り、魔法を行使するのはLTOでは当然のことであった。
となれば、この世界でも魔素を操る必要が出てくると予想された。
ベルスレイアは自己愛が激しい。故に、魔素の扱いにも長けていたかった。というよりも、優れていない自分を想像できなかった。
結果として、すぐさま魔素を操る訓練を行った。
ベルスレイアは、清美だった頃の記憶で魔素について詳しく知っていた。LTOというゲームの、裏設定資料集を熟読していた為だ。
魔素とは大気中に満遍なく散らばる物質。地球で言うヒッグス粒子のような概念に近い。LTOに存在する生物は、この魔素に働きかける機関を細胞内に持っている。例えるなら、ミトコンドリアのようなものだ。それが細胞内に存在するから、全ての生命体は魔素を操ることができる。
魔素そのものを操っても、魔法にはならない。魔導書等で、魔素のエネルギーを別のものに変換する必要がある。そのため、ただ集めた魔素というものは、地球における闘気とかいった概念に近い。単なるエネルギーの塊に過ぎないのである。
このエネルギーを、どれだけ効率的に集め、使用できるかが魔法力の差となって現れる。というのが、LTOにおける設定だった。
ならば、今から魔素の操作を訓練しておこう。誰よりも、優れた魔法力を手にする為に。
そう考えたベルスレイアは、魔素の操作を試みたのだ。
数日もすると、結果が出た。
魔素の操作は、呼吸に近い。全身で息をするような感触で、魔素を体内に取り入れる。すると、体内に異物感が生まれる。この異物をゲロのように吐き出すイメージで動かすと、魔素の操作が可能であった。
しばらくは魔素を身体の中で動かし、あちこちに移動させてみた。高いエネルギーを得た手足は、通常時よりも優れた運動能力を発揮した。試しに噛み付いて自傷してみると、自然治癒のスキルによる怪我の治りも早かった。
なら――魔素を血の魔眼、つまり眼に集めてみればどうなるのだろう?
ベルスレイアが、その疑問を抱くのは自然な流れであった。
試しに眼へと魔素を流し込んでみた結果――ベルスレイアは、ぶっ倒れた。
あまりの激痛。そして頭痛に襲われた。
赤子の肉体が耐えきれずに、意識を失ったのだ。
半日ほど経ってから目覚め、ベルスレイアは確信する。
血の魔眼は、LTOにおける多種多様なメッセージウインドウの閲覧と同等の機能があるのだろう、と。
気絶する寸前、ベルスレイアが見たのは膨大な情報であった。
あらゆるもの、あらゆる人物に関するステータスが、部屋の壁すら貫通して一気に流れ込んできたのだ。
つまりベルスレイアは、あまりにも膨大な情報量に耐えられず、意識を失ったということになる。
今度は警戒しながら、ゆっくりと眼球に魔素を流すベルスレイア。すると上手く行った。情報は適度に制限されている。部屋の中の物体の中でも、意味のある物体にしか反応しない。
壁越しのステータスも、隣の部屋までしか見えない。
最初は屋敷の外まで丸見えになったし、ベッドの木枠の詳細情報さえ垂れ流しだった。樹齢うん年の樫の木を使った木組みの枠だと知った。無意味な知識である。
必要以上の魔素を流すのは危険だと学ぶベルスレイアだった。