国境防衛戦 09
ベルスレイアが方角を指示。ルルはそれに従い、走り抜ける。
そうして僅かな時間で――二人は不自然な集団の進む先に躍り出る。
「そんなに急いで、どこへ行くのかしら?」
ベルスレイアは、逃走する集団の先頭に立つ人物に向けて声を掛ける。
「……いえいえ。大したことではありません。少しばかり撤退を、と」
言うと。先頭の人物は――深く被ったフードを外す。
姿を現したのは、白髪の少女。ベルスレイアによく似た顔立ちの――件の標的である。
「あらそうなの? でもその前に、少し私と遊んで貰えないかしら?」
ベルスレイアは少女に鋭い視線を向けながら言う。
「私の大切な所有物とも、遊んでくれたようですもの。お礼をせずに帰すというのも無作法でいけないわ」
「いえいえお気になさらず――ッ!!」
先手を取ったのは、白髪の少女。暗器を、棒手裏剣を不意にベルスレイアへと投げつける。
咄嗟にベルスレイアは、ルルの上から飛び降りて回避。
ルルはそのまま走り出し、白髪の少女に反撃を繰り出す。前足を振り上げ、少女を狙う。
が、白髪の少女は即座に後退して回避。さらに回避際に棒手裏剣を投擲。ルルの頑丈な毛皮を抜いて、浅くではあるが傷を付ける。
「……ッ! よくも、やってくれたね!!」
忌々しげに睨むルル。
「これはこれは。申し訳ありません。お遊びになられると言うので、お付き合いしたのですが。お気に召しませんでしたか」
「冗談を言う余裕があるつもり?」
暗に、お前を殺すと。ルルは白髪の少女に圧を掛ける。
「さすがに――正面から堂々と当たって、勝てるとまでは」
白髪の少女は首を横に振る。
「ですので。決着はまたの機会に、ということにしましょう」
「私が逃がすとでも?」
これにはベルスレイアが反応する。
「はい。逃げるだけであれば、手段は幾らでも」
言うと白髪の少女は――指笛を吹いた。
すると。途端に周囲に控えていた少女兵達が――一斉にルルと、そしてベルスレイアに群がり始める。
「この程度ッ!!」
ルルは迫りくる少女兵を薙ぎ払う。ベルスレイアも、咄嗟に飛び上がり少女兵による包囲を抜ける。
二人共、白髪の少女による追撃を警戒していた。しかし――少女は予想外の行動に出る。
「それでは――いずれまた。偉大なる『姉君』、ベルスレイア様。次に会う時まで、この私『ジョーカー』の名を覚えておいて頂ければ光栄です」
等と宣言した後。不意に白髪の少女――ジョーカーが取り出したのは、鏡のような形をした魔道具。
それに魔力を流し込んだ途端。ジョーカーの正面に光の膜のようなものが出現する。
そしてこれをジョーカーが潜った途端――その姿は、どこにも見当たらなくなる。
視覚的には無論。一切の気配までもが消失。それこそ、まるでこの場から一瞬で消え去ってしまったかのように。
「……チッ。転移か何かね」
ベルスレイアは、手品の種を即座に理解する。
これ以上。この場で交戦を長引かせても得られる情報は無い。
そう判断し、ベルスレイアはルルに呼び掛ける。
「ルル! こちらに寄りなさい。一掃するわ!」
「りょーかいッ!」
ルルは応えると、自らに縋り付き、肉壁のような役割をこなす少女兵を振り払う。即座にベルスレイアの下へと戻る。
これを確認したベルスレイアは、即座に魔法を発動。
「――さようなら。私に良く似た者達」
言うと。ベルスレイアは炎を生み出した。
蝶のような形をした炎を、無数に。
これらが嵐のように、少女兵達を巻き込むようにして舞い踊る。
炎の蝶に巻き込まれた少女兵は――ベルスレイアの魔法力の高さもあって。一瞬で燃え尽き、絶命する。
十秒と経たない内に。炎の嵐が少女兵全体を包み込み、そして焦がし、全滅させる。
こうして、この場には誰一人として、少女兵の生存者は居なくなる。
「……戻りましょう、ルル。一先ず、不確定要素は排除したわ。後は予定通り、作戦を続行するわよ」
「分かった。ほら、乗って」
ルルは姿勢を低くして、ベルスレイアの騎乗を促す。
「――儚いわね」
「ん?」
「何でも無いわ」
ベルスレイアの小さな一言に、ルルは反応する。だが、ベルスレイアは何も無かったと恍ける。
そうして二人は――ベルスレイア似の白髪の少女『ジョーカー』との初遭遇を終え、元の担当区域に戻る。
そんな最中でも、ベルスレイアは考える。
ジョーカーという少女。姉君、と呼んだその事実。
複数の要素が、僅かに、しかし確実に――自身との関係性を匂わせている。
故に、間違いなく。今後も何かを仕掛けてくる。これで終わりでは無いだろう、という確信があった。