国境防衛戦 06
一方。時は少し戻り、伝令を出す前の――襲撃を受ける前の野薔薇の状況。
「オラオラァッ!! 腰抜け共が、全員アタシが相手になってやるぜェ!」
気合の入った野薔薇隊長アンジュが声を上げて。大剣を振り回し、次々と騎士を切り伏せる。
アンジュが担当する区域は、野薔薇全体でも中央の部隊。副隊長以下、野薔薇の主力となる人員は全体へと広く配置されている。故に、アンジュの周辺には抜けた実力者の姿は無い。
例えば。副隊長であるハミィは左翼に配置されている。互いに認識出来ない程度には離れた位置で、散り散りになる王国軍に追撃を繰り返している。
――そんな状況下。アンジュの下へと伝令が飛んできた。
「隊長ッ!! 左翼が苦戦していますッ! 応援を頼みたいとのことですッ!」
「左翼が? ……分かった、アタシがすぐに向かう」
アンジュは一瞬伝令の内容を疑うが、すぐに頷く。
左翼は副隊長ハミィの配置された区域。苦戦するような状況はそうそう考えられない。
だが、己よりも優れた存在が普通に居るということを、アンジュは散々経験してきた。疑うよりも、まずは行動。
ハミィの救援に向かう事に決めた。
「お前ら、ここは任せたからな!」
言うと、アンジュは自身の指揮する直属の部隊員に中央を任せて。単身、ハミィの援護に向かう。
そして――アンジュが応援に向かったのと同時刻。
左翼にて。ハミィは――信じられない相手と会敵していた。
「どうして……ベルスレイア様に、似ているの!?」
徒党を組んで、連携を取りつつ襲いかかってくる農民兵。――いいや、農民に服装だけ偽装した『少女兵』達。
その顔立ちに、ハミィは驚きを隠せなかった。
少女達は、年齢で言えば十歳前後といったところ。まだ身体も小さい、戦士として扱えるかも怪しい年齢に見える。
そんな少女が――次々と。それも同じ顔立ちで、髪色や瞳の色だけ違う者達が。自らの死すら恐れず立ち向かって来る。
敬愛する上司、ベルスレイアをそのまま幼くしたような顔立ちもあって。ハミィは対処に苦慮していた。
とはいえ――やらなければ殺られる。
「全員、躊躇わないで! どんなに似ていようと、敵は敵です!」
少女兵の姿に混乱を来たしていた左翼部隊に声を掛ける。
精神的には立ち直るものの。やはり一瞬の躊躇の間に強く当たられ、崩れた体勢は容易くは戻らない。
「……くっ! 伝令は出したの!?」
「既に中央部隊へ送りましたッ!」
状況が悪いと感じてすぐに、応援の伝令を指示していたハミィ。だが、さすがに展開が急過ぎる。このままでは間に合わない。アンジュが到着する頃には、左翼部隊が甚大な被害を被るであろう。
「仕方ない、私が前に出ますッ!」
ハミィは言うと――指揮官であるにも関わらず、積極的に前に出る。
アンジュのように、積極的に前線には立たず、指揮を取る方にこそハミィは自身の適性があると感じていた。故に、通常なら前には出ない。
だが――この状況。戦力があまりにも不足している。抜きん出た個人であるハミィ自身という、戦力を温存している場合ではない。
「ハッ!!」
短槍を握るハミィは、少女兵の陣に単身で突っ込む。同時に、槍を勢いよく振り回し、全方位を一度に薙ぐ。
少女兵は勢いよく吹き飛ばされる。だが――手足が折れてもなお。少女兵は淡々とこちらを狙い続ける。
その――戦意すら感じない瞳に。ベルスレイアに似た、作り物めいた美しい顔立ちに。幼さ故のアンバランスさに。ハミィは怖気を感じる。
(恐怖心すら、感じていないの……!?)
だが、強さは飛び抜けた強者、という程ではない。ハミィであれば、問題無く対応可能な相手である。
状況は改善するはず――そう考えていた所に。
不意に、ハミィを狙い魔法が飛来する。
「ッ!」
咄嗟に防御よりも回避を優先するハミィ。
この判断は結果として正解で――着弾した炎の魔法は高火力なものであった。ハミィの実力では、無傷で防ぐのは難しい一撃。
「――想定以上の実力があるようですね」
少女兵達の中から。一人の少女が姿を見せる。
ベルスレイアによく似た顔立ちの――十四、五歳といった年齢に見える少女。白髪にグレーの瞳。
他の少女兵と比べて年齢も高く。明らかに、敵のリーダー格に当たる人物であると分かる。
そんな少女が、ハミィを襲った魔法を放った張本人。威力から、ハミィよりも実力で上回る強者であることが伺える。
冷や汗をかくハミィ。だが、引くことは出来ない。
といった状況で――ようやく増援が到着する。
「ハミィ! 待たせたなッ!」
大剣で少女兵達を薙ぎ払いながら。アンジュがようやく到着する。
「状況は?」
「向こうの――白髪の少女が、恐らく敵のリーダーです」
ハミィの説明で、戦況を飲み込む。
睨み合い、というよりも。ハミィが動けずにいた状況から、敵の実力の高さまで察知する。
「分かった。――連携して行くぞッ!!」
「はいッ!」
二人は声を掛け合い――同時に、白髪の少女を狙う。