国境防衛戦 03
「……拠点設営の進捗は、どうにかならんのか」
軍議の中心であるらしい、最も奥の座席に座る騎士が口を開く。
「数が数です。また、徴兵された者達の技術も高くは無いので、まだまだ時間は掛かるかと」
「これ以上、もたもたとしていられるかッ!! こうしている間にも、帝国軍は迫っているに違いないのだぞッ!?」
最奥の騎士が声を荒げるが、それに同意する者は少ない。多くの騎士達が顔を顰める。
「ですが、総司令。斥候の報告でも、帝国軍の影も形も無いと――」
「これだけ領地を踏み荒らされて、それでも姿が見えぬと? それが帝国軍に動きの無い証拠と? 馬鹿も休み休み言えッ!! そこまで愚かな国であるはずが無いのだ!!」
ダァンッ!! と、声を荒げ続ける騎士――総司令。
「ですが、事実敵が見えない以上、警戒のしようもありません。そもそも、警戒するならなおのこと、敵が見えないうちに設営を終わらせねば……」
「要らん、というのだッ!! 四方が敵陣と言える、帝国領内で、これだけの拠点を建設する意味が分からんッ!! ……くそッ!! 何故陛下は、あのような輩に最高指揮権を……ッ!!」
総司令の言葉に、ベルスレイアは眉を顰める。
(最高指揮権……つまり、この総司令が王国軍のトップではない?)
等と考えながら。情報を聞き出すため、影に潜んだまま大人しく耳を済ませる。
「……そもそも、だ。何故に奴はこの場におらぬのだッ!!」
「それは……『ジョーカー』殿は、用事があると言いまして、『徴兵偽装』部隊の方へと」
「糞ガキめ。命令をするだけして、軍議には参加しない。あげくに己の子飼いと馴れ合いか。都合の良い身分なことだ」
総司令や、他の騎士たちが口にした言葉から、ベルスレイアは推察を続ける。
(……なるほど。『ジョーカー』という人物がいて。そいつに指揮権が奪われて、王国軍自体が混乱しているのね)
通りで、と納得するベルスレイア。確かに――ここに侵入するまで、あまりにも簡単すぎた。それは、王国軍全体が明確な目的意識を持たず、曖昧な命令の下に動いているからだったのだ。
「……せめて、帝国兵の破壊工作を警戒。設営に回した騎士を戻し、護りを強化しろ」
「ですが総司令。まだジョーカー殿の一言で解体される恐れが……」
「だが、襲われた時にどうするつもりだ!? 敵陣のど真ん中で家を建てていました、等と言い訳にもならんことを言うつもりかッ!?」
総司令の言葉に、騎士達も顔を顰める。護りの薄さに不安を覚えているのは、誰もが同じであった。しかし、一方で総司令の危機感の強さにも同意しかねる。
見えない敵を恐れすぎるのもまた問題である、と多くの騎士達が考えていた。
だが――そんな気不味い空気を一気に払拭する声が響く。
「――全く、そこの総司令とやらの言う通りね。こんな薄い警備、突いてくれと懇願しているかのようで、憐れと言う他無かったわ」
それは――影の中から姿を表した、ベルスレイアであった。
「――ッ!? 何者だッ!?」
「総員、武器を構えろッ!!」
不審な侵入者に反応し、騎士達は即座に剣を構える。ベルスレイアに向かって、戦闘態勢を取った。
「あら。思いの外、反応は良いのね。褒めてあげるわ」
「……フラウローゼス公爵令嬢かッ!!」
ベルスレイアの声、顔立ち。そして立ち居振る舞いから――王都での悪夢を経験した騎士の一人でもある、総司令が呟いた。
「ご明察よ。でも、残念。お前達はまだこれから戦って、どうにかするつもりなのでしょうけれど。すでに決着は付いているわ」
言うと、ベルスレイアはパチン。と、指を慣らす。
「さようなら」
直後――この場に存在する数十名の騎士の影の中から。次々と人影が飛び出して来る。
さらに。そのままの勢いで――人影の正体。黒薔薇達が攻撃を繰り出す。
不意を突く、一瞬の出来事。かつ、騎士と比べて圧倒的に高い黒薔薇達のステータス。これらにより――騎士達は、何の抵抗も出来ず、即死する。
ある者は首を刎ねられ。ある者は心臓を一突きに。またある者は、鎧の隙間から眼孔を、脳を突かれ絶命。
そうして――ベルスレイアの一言を皮切りに。この場に集った騎士達は全滅する。
ただ一人、あえて残された総司令を除いて。
「なっ……!?」
総司令は――一瞬の出来事ながらも、状況を理解して。しかし受け入れがたい事実に、驚愕するばかりとなる。
「最期だから、答え合わせよ。お前の懸念は正解。帝国軍は姿を見せていない。けれど、近づいていないわけではなかったわ。私達、精鋭わずか二千名で――お前達を蹂躙する為に。すでに出陣していたの。当然、お前達の警戒するような大群はどこにも存在しない。――視野を広く持ちすぎたわね」
「……くっ。殺せッ!!」
「ええ。お前は特別に――私が殺してあげる」
言うと――ベルスレイアは。どこからともなく常闇の剣を抜き。流れるような動作で、総司令の首を刎ねた。
「――さあ。蹂躙劇を始めなさい」
ベルスレイアの声に応えるように。
影の中から――潜んでいた戦力である黒薔薇。白薔薇。そしてシルフィア、ルル、リーゼロッテの三人が姿を現す。
こうして――防衛軍と王国軍の戦いは、一方的な形で火蓋を切られることとなった。
お久しぶりの投稿になります。
諸事情により、暫くは私の執筆中のもう一方の作品、『蒼炎の英雄』の方の更新をお休み致します。
週に一回のペースでこちらの作品を投稿していく形になりますので、宜しくお願い致します。