国境防衛戦 02
――拠点の設営を開始して、何日目か。
王国軍の騎士の一人である彼は、そんなことをぼんやり考える。
帝国軍は未だ斥候しか姿を見せておらず。こちらの斥候も、本陣らしき軍勢を確認していない。つまり、帝国軍との接敵は当分先の事となる。
よって――彼が夜襲を警戒して。こうして拠点周辺を警戒することにも大した意味は無い。
例え襲われたところで、それは破壊工作が目的である。正面側の警備に勤しむ彼が接敵する可能性は低い。
ましてや――正面から、敵軍勢が攻めてくるなと。想定外にも程がある。
「――はぁ。今頃、ウチの奴らは良いもん食ってんだろうなぁ」
騎士は、後方で徴兵された農民と共に、拠点設営に勤しむ同じ部隊の仲間達を思う。彼らは日中に十分過ぎる仕事を与えられており。その対価として、夜は比較的贅沢な食事を用意されている。
だらだらと、異変も無く過ぎるだけの警備。そんな仕事をこなす彼とは比べ物にならない待遇である。
「楽だからって、こっちに配属してもらったのは失敗だったなぁ」
言いながら、騎士の彼は数日前のことを思い返す。
最初こそ――騎士のほぼ全体が帝国軍を警戒し、設営される拠点を守る為の陣を築いていた。だが帝国軍が見当たらないとなり、拠点設営を優先。部隊も一時的に分散。人員の必要な場所に送られることとなった。
日中の重労働を避けた結果。彼は味気ない食事にやりがいの無い仕事、という退屈極まりない日々を受け入れる羽目となった。
「……今からでも、設営の方に回れるかなあ」
ぼんやりと、月を見上げながらぼやく。
そして――それが彼の、最期の言葉となった。
悲鳴を上げる時間も。身動きする一瞬の間さえも無く。
彼の首に走る一筋の闇。
直後――彼の身体と頭は分離。血を拭き上げながら。彼の生首がごとり、と落ちる。
少ない人員を広く散らばらせているのが仇となり。そんな惨状を、王国軍の誰も目にすることがなく。
静かに。警備として存在した意味すら果たせず、彼は絶命した。
「――手薄にも、程があるわ。馬鹿にしてるのかしら」
彼の首を一閃し、落とした張本人。闇を身に纏い、暗殺に特化した格好のベルスレイアが声を漏らす。
「まあ、いいわ。この調子で、騒ぎにせず、可能な限り深く入り込んでいきましょう」
ベルスレイアは、後方の闇に向けて呟く。
そこには――誰も居ない。
だが、ベルスレイアだけは理解している。自らの影の中に。その闇の向こうに。強襲部隊、黒薔薇と青薔薇の面々。破壊工作部隊の白薔薇の面々。そしてシルフィア、ルル、リーゼロッテの三人が存在していることを。
ベルスレイアの能力により――二百人単位の戦力が、一人分の痕跡しか残さず侵入する。
警備の騎士が少なく、分散している今の王国軍にとって。最悪と言っていい状況であった。
そうして、ベルスレイアは影の中に再び身を隠し――誰にも悟られること無く。王国軍の本陣へと潜り込んだ。
移動しながら、地理を把握してゆくベルスレイア。奥に設営中の拠点があるらしく、騎士団のテントはそれを囲うように展開していた。
だが、肝心の騎士が居ない。その多くが、拠点設営の為に中央へ集合しているか。あるいは、昼間の作業の疲れから休息している。
つまり、夜襲、破壊工作を警戒する騎士はほぼ皆無と言えた。
あまりにも手薄な状況。いくら帝国軍の本陣が見えていないとはいえ――ベルスレイアは違和感を覚える。
だが、作戦を中断するほどの理由にはならない。気を引き締めつつ、司令部のテントを探して回る。
これだけの軍勢の司令部であるからには――相応の大きさでなければ、軍議を行うにも支障が出る。故に、ベルスレイアはより大きなテントを探すだけで良かった。
やがて――ベルスレイアは、これまでに見かけたテントの十倍近い大きさのものを発見する。華美な装飾もあり、ここが司令部か、それに匹敵する上位の指揮系統が集合する為のテントであると推察出来た。
ベルスレイアが中へと侵入すると――正解。巨大な地図を広げた、軍議を繰り広げる為の円卓。無数の座席。そして――見るからに、上位の者が身に付ける鎧に身を包んだ騎士達。
正に、軍議中の司令部であった。