聖王国の選択 03
――聖王国、某所。
王都からも離れたある施設内にて、ある計画が進行していた。
「……頼みます、どうか、どうかお慈悲を……ッ!!」
床に伏せ、土下座をする男。高貴な身分らしい衣装に身を包んだ彼は。他ならぬ、聖王国の国王本人であった。
「どうか……ッ!! これ以上は、国が無くなってしまいますッ!! ですのでどうかお考え直し下さいッ!!」
国王は、必死に土下座を続け、要求する。
何が何でも、ここで了承してもらわねば。そんな気迫の乗った声で――目の前の女性に、頭を下げ続ける。
「どうか――女神フォルトゥナ様ッ!! お慈悲をッ!!」
国王の言葉に。女性――女神フォルトゥナは、無感情な目を向けたまま答える。
「慈悲とは?」
何の感情も無いような。退屈げな声で語るフォルトゥナ。
「貴方たちの国は、そもそも『私が私のために作った国』ですよ? 何故、私が貴方たちの為に気を使う必要があるのですか?」
「そ、それは……っ」
国王は、何も言い返すことが出来ず口を噤む。
「そもそも。国が無くなるのが怖いのなら、戦いに勝てば宜しいでしょう?」
「いやしかしッ!! 例え勝利したとしても……国が疲弊し分裂しかねないのは目に見えておりますッ!!」
「だったら分裂してしまえばいいじゃないですか。役割を終えたなら、後は好きにすればいいんですから。分裂しようがしまいが、解放されるのだから問題無いでしょう?」
フォルトゥナの無慈悲な物言いに、国王は顔を歪めて悔しがる。
「……意味がッ!! それでは意味が無いのです!!」
必死に訴えかける国王。
だが、フォルトゥナは相手にもしない。
「意味なんて、ありませんよ? 貴方たちは、最初から私とあの子――ベルスレイアの間で行われるゲームの駒に過ぎないんですから」
無慈悲に、フォルトゥナが告げる。
「長い長い、本当に長い時間をかけて――ようやくあの子と私がゲームをする為の場が整ったんですから。邪魔をされるのも、水を差されるのも嫌なんですよねえ」
だからぁ、ええっと。等と――迷うような口ぶりをしつつ。
フォルトゥナは――国王に向けて、力を使う。
「――っぎゃぁぁぁああああッ!!」
すると。突如、国王の腕が千切れ、弾け飛ぶ。その余りにも理不尽で、唐突な痛みに。国王は絶叫を上げ、その場を転がり回る。
「邪魔な駒は消えてくれた方が助かりますからね? ――どこかの大公さんみたいになりたくは、ないでしょう?」
言うと、フォルトゥナは手を一度振るう。すると、瞬く間に国王の腕が元通りに――文字通り、流した血も、千切れた服も全てが元通りに戻っていた。
「分かったなら、大人しく言うことを聞いてくださいね?」
「はぁ、はぁ……っ!! わ、分かりました……」
ちょっとしたいたずらでもしただけかのように。フォルトゥナは冗談っぽく国王に声を掛ける。
そんな様に――国王は恐怖を。畏怖を感じ、頷くことしか出来なかった。
そして――話に決着の付いたこのタイミングで。国王が部屋を出ていくのと入れ替わるようにして。
「――フォルトゥナ様。ご報告に上がりました」
一人の男が。研究者らしき白衣に身を包んだ男が現れた。
「あら。どうしたのですか?」
「暗殺部隊『ブラッド』の配備完了。及び作戦開始の報告がありました」
「まあ、そうなの。それは楽しみな報告ですね」
嬉しそうにほほえみながら頷くフォルトゥナ。
研究者らしき男は、さらに報告を続ける。
「続いてですが。例の試験体を利用した特殊作戦郡の準備も完了致しました」
「試験体――ああ、あの子たちのことね」
フォルトゥナは、悲しそうな表情を浮かべる。それはもう、本当に、心の底からに見えるように。
「上手く行かなかった子たちだけど。それでも、こうして最後に誰かの役に立つというのなら。あの子達も本望でしょうね」
「……彼女達には、そうした教育は行っておりません。そうした感情を抱くような情緒も無いかと」
「あら。それもそうね」
研究者らしき男の言葉で、フォルトゥナはケロリとした様子で表情を変える。
「それで――準備が完了したということは、試験体ではなく本実験から生まれた個体も配備できたということですね?」
「はい。現状、訓練を終えて十分な実戦試験を行えるのは個体名『ジョーカー』のただ一人のみですが。試験の準備は進めております」
「それならいいわ。――うふふ。ベルスレイアと衝突するのが、今から楽しみで仕方有りませんね」
楽しそうに笑うフォルトゥナ。だが、研究者らしき男は僅かばかり疑問を抱いた様子で尋ねる。
「フォルトゥナ様。一つ伺っても?」
「はい。いいですよ」
「我々の目的は――遺伝的に優秀な兵士を人工的に培養し、生み出すこと。最終的には生産性と性能を両立した兵士の量産実現。これで間違いありませんね?」
「ええ、そうですよ」
「でしたら――何故、過去の試験体にそこまでこだわるのですか?」
研究者の言葉に、フォルトゥナは途端に笑みを消す。
「あれは性能追求の試験の結果生まれた特殊個体であり、遺伝的な情報も既に記録済みです。既に研究する価値はありません。それなのに何故――試験体『ベルスレイア』に固執するのですか?」
フォルトゥナは、その言葉に回答しないまま口を開く。
「私は、誰だと思いますか?」
「はい?」
「分かりますよね? 私、女神フォルトゥナです。一応、人間の皆さんを守ってあげている立場の、神様なんですよ」
「はあ」
フォルトゥナの発言の意図が分からず。研究者は生返事をしてしまう。
「つまり――お前達人間如きが、何故私を理解できるつもりでいるのです? 私の意図? 私が何をしようと、私の思惑がどこにあろうと。お前達に、関係あると思いますか?」
「……いいえ、思いません」
「でしょう? ですから、私がお前達人間の都合に合わせて協力『してやっている』ことをもっと真摯に受け止めてくださいね? でないと――全部、消してしまいたくなりますから。こういう風に」
フォルトゥナは言うと――研究者に向けて、手を翳す。
すると途端に、研究者はその肉体の、両手両足を失う。それも、一切の外傷など無く。まるで最初から手足など無かったかのように。
床に落下し、驚愕と混乱のあまり言葉を失う研究者。そんな彼を、フォルトゥナは見下ろしながら言う。
「あくまで私はお前達に協力してやっているだけの、親切な女神様なんですよ? 失礼な詮索をするような真似は、これぐらいで控えて下さいね?」
言うと、フォルトゥナは再び研究者に向けて手を翳す。するとまた一瞬にして変化が起こる。研究者の手足は、まるで何事も無かったかのように元通りとなっていた。
「は……え……っ?」
「さあ、戻りなさい。貴方にも仕事があるでしょう? こんなところで寝ている場合ではありませんよ?」
フォルトゥナは、笑顔を浮かべてそう行った。
その声も。表情も。――本当に、慈悲深き女神そのものにしか見えず。
だからこそ――あっさりと、暴力すら超えた『何か』を見せつけられた研究者は。
「……分かりました。では」
ただ怯えて、この場を後にすることしか出来なかった。
そうして誰も居なくなった部屋で――フォルトゥナは、遠くを眺めるような視線を虚空に向けて呟く。
「さあ――ベルスレイア。はやくおいでなさい。貴方が完成するための――理想的な『破壊の魔女』となるためのゲームを用意してあげましたから」
その呟きは――どこか遠くへと届けるかのように。部屋の中で響いたが――聞き取ったものは、誰一人として居なかった。