聖王国の選択 01
――機械帝国リンドバーグ。その中央、城内のある一室にて。
帝国を動かす、責任者たる人物ら一同と――ベルスレイアが集まっていた。
「聖王国から、馬鹿げた要求が来ているわ。その把握はしているわね?」
ベルスレイアが問いかけると、集合した者達は一同頷く。
「……聖王国は、SSS級国際指名手配犯『銀薔薇』の擁護。A級国際指名手配犯『ベルスレイア・フラウローゼス』の引き渡し要請の無視。Sランク冒険者『ベルスレイア』の不当な囲い込み。以上三点を理由に帝国へと宣戦布告をしております」
そう仔細を告げたのは、現在帝国を治める女帝。フランルージュであった。
「正確に言えば、引き渡し要求に応じよ、という勧告ね。これに応じない場合、実力行使も辞さないらしいわ。――つまり、この私があのクズ共に応じるわけがないのだから、実質の宣戦布告というわけね」
ベルスレイアの言葉に、額に汗をかく者もいた。いくらベルスレイアの力が優れているとはいえ。相手は聖王国なのだ。軍事的な、膨大な数での衝突は、少なくない被害を生む。それを案じてのことである。
「――我々は聖王国との衝突を避けられません。その為、国境へと戦力を派遣せねばなりませんが……魔族の領域の防衛戦力も必要です」
フランルージュの指摘通り、帝国の戦力の全てを戦争に使うわけにはいかない。魔族の領域から、今もはぐれの魔物が流れ込んで来ている。時には、魔族の攻撃を受けることもある。
故に、帝国軍の一部は魔族の領域側に残しておかなければならない。
ベルスレイアを除いて、誰もが厳しい表情を浮かべる。限られた戦力の分散。甚大な被害は避けられないだろう。魔族の領域でも、王国との国境でも。
だが――ベルスレイアだけは不敵に笑む。
「心配しなくていいわ」
そして、解決案とも言えないような大胆な案を口にする。
「私と、私の私兵だけで王国は潰してくるわ」
要するに――ベルスレイアは、少数精鋭で王国軍を撃退する、と言っているのだ。
可能か不可能かで言えば、可能だろう。むしろ、ベルスレイア一人で十分、過剰戦力とすら言える。
ただし、殲滅までの間に帝国側に被害が出る。
故に――自らの所有物を傷つけられることを厭うベルスレイアは。軍を相手に戦える個人だけを集め、迎え撃つつもりであった。
「それは……ベルスレイア様の負担が大きくなりませんか?」
心配げに、フランルージュが問う。
「問題ないわ。虫共を駆除するだけのことだもの。それに――」
ベルスレイアはニヤリと笑む。
「フランルージュ。お前も来るのよ? 心配している場合では無いわ」
「……私も、ですか? ですが国の指揮が――」
口答えをしようとしたフランルージュに。ベルスレイアは睨むような視線を向ける。
「不要よ。お前が居なくとも、この国は回る。そうなるように、今まで手間暇かけて育ててきたのよ。この私が。お前を連れて行く為に」
言って、ベルスレイアは周囲へと順番に視線を向ける。
「この場に集まった者達であれば、帝国を運営する上で支障は無いはずよ。長期に渡っては無理でしょうけれど。王国の煩い羽虫を叩き潰すぐらいの時間なら問題無いわ」
「……であれば。私も、ベルスレイア様に同行したいと思います」
ベルスレイアの説得に折れ、フランルージュは項垂れつつ同意する。
王国による宣戦布告、という明らかな国難の時。だというのに、国を離れて前線に向かうというのは。流石に、フランルージュが今やベルスレイアの信奉者であると言えども。不安が残るものであった。
だが、ベルスレイアの言葉は絶対である。
「期待しているわよ。――お前に乗っての実戦は、これが初めてだもの」
「っ!! はい、精一杯努めさせて頂きます……っ!!」
あっさりと感極まり、不安など吹き飛んでしまう。
「さて。そういうわけだから、連れて行くのは私の私兵――私の屋敷に詰めている黒薔薇、白薔薇、青薔薇達。それと銀華苑と野薔薇からも精鋭を連れて行かせてもらうわ」
ベルスレイアが告げた戦力は、正に言葉通り。私兵と呼ぶべき、日頃からベルスレイアの為にのみ動く者達であった。
黒薔薇と青薔薇は、現在は軍部に編入されている。が、その中でもエリートと呼ぶべき上位者は、ベルスレイアの屋敷に詰めて私兵扱いとなっている。
また、銀華苑と野薔薇の上位者も同様。どちらも勢力を拡大し、構成員は発足時よりも倍以上に増えている。が、一部の上位者だけは、未だにベルスレイアからの直接の指揮下にある。黒薔薇、青薔薇との違いは屋敷に詰めているか否かのみ。
さらに白薔薇は、現在もベルスレイアの為のメイド部隊という体を保っている。戦力としても数えられるのだが。帝国の軍部とも、城の使用人達とも無関係の組織である。
ベルスレイアの屋敷に勤める者で全員であり、日々メイドとしての業務の傍ら、技を磨いている。
これだけの上位者――他の組織、部隊、冒険者クランであれば最上位に位置してもおかしくない実力者達を。組織になるほど集めているのだから、戦力としては申し分ない。
数こそ間違いなく劣る。だが、一方的な殲滅戦を。王国軍の一般兵への蹂躙を可能にする実力差があるのもまた間違いない。
「私は王国軍『駆除』部隊の編成を急ぐわ。その間、お前たちは帝国の守りを固めなさい。聖王国が下らないちょっかいを出してきても、揺るがないようにね」
ベルスレイアの言葉に、集まった一同は頷く。
「では――解散」
こうして、聖王国との戦いが始まった。