瓦解する帝国貴族 04
帝都上空を、突如赤黒い雲が覆い隠した。
それは、玉座の間で皇帝が真竜の緋石を発動したのと同じ時に始まった現象であった。
雲はすぐに空を覆い尽くして――その中から、顔が覗いた。
紅い暗雲の中心から、巨大な龍が顔を出した。龍はゆっくりと雲から姿を現してゆく。その体長は数百メートルにも及ぶだろうと推測出来るほど大きかった。そして――まるで蛇のように長い身体を持っていた。
この世界、そしてLTOというゲームにおける『竜』とは、蛇ではなく蜥蜴に似た姿をしているのが一般的である。こうした、胴体の長い龍は存在していなかった。
だが――現実として、現在帝都上空ではこの胴長の蛇に似た龍が滞空している。唸り声を上げ、帝都の上を旋回し、威嚇を続けている。
そんな巨大な龍の姿を――ベルスレイアは城のバルコニーから眺めていた。
「――蜥蜴じゃなくて蛇だからって、そんなに得意げになるようなことなのかしら?」
煽るような言葉を呟きながら、上空の龍を見やる。その目には、龍と化した皇帝ライゼンタールのステータスが見えていた。
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名前:アインヘリウス・リンドバーグ・ライゼンタール(Einherjus Lindberg Reisenthel)
種族:妖精族竜人種
職業:王者
レベル:16
生命力:1597(+1500)
攻撃力:267(+200)
魔法力:262(+200)
技術力:256(+200)
敏捷性:251(+200)
防御力:271(+200)
抵抗力:265(+200)
運命力:53
武器練度:剣A 槍A 斧S 拳A
魔法練度:炎X
スキル:血統 カリスマ 護りの祈り
叛逆 逆境 必殺 強振
斧の匠 天空の守護 覇者の守護 神威
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変身による、破格のステータス強化値。ベルスレイアのステータスすら超える程で、人の姿の頃の皇帝とは比べ物にもならない。
また、魔法練度がSからXに上昇。スキルも『天空の守護』と『覇者の守護』の二つが増え、『王威』は『神威』へと変化していた。
天空の守護は飛行属性への特攻効果の無効化。覇者の守護は種族への特攻効果の無効化という効果がある。『神威』は王威の上位互換で、全ての確率発動する現象を有利に大きく補正する。『必殺』のスキルが任意で命中率を下げ、クリティカルヒットの確率を上げるスキルであり、これと『神威』の親和性が高い。さらに『逆境』は生命力が半分以下となった時にクリティカルヒット率を上昇させる。
また、確率発動の攻撃を受ける場合も、その攻撃の発動する確率が『神威』によって下がる。
つまり、現在の皇帝ライゼンタールはあらゆる特攻効果を無効化。そしてクリティカルヒットの確率が大幅に上昇。デメリットの命中率低下は『神威』によりほぼ相殺。逆にこちらの攻撃の命中率とクリティカルヒット率も低下。確率発動系の奥義スキルも発動しづらくなる。
というように、ふざけたような能力を発揮する。
だが、ベルスレイアは不敵に笑っていた。まるでこの程度、敵にもならないとでも言うかのように。
「ベル様。どうするのですか?」
ベルスレイアに、シルフィアが呼びかける。影の中に待機していた三人――シルフィア、ルル、リーゼロッテの三人は、今は影から姿を現していた。そして、ベルスレイアと同様に上空を見上げている。
「簡単よ。直接、頭から貫いて仕留めるわ」
言うと、ベルスレイアは収納魔法を発動。自作の打槍『パンクトネイル』を取り出し、装備する。
「でも、いくらベル様でもあのサイズの相手は……」
そう不安を口にしたのはルル。帝都上空を覆い尽くす巨大な龍は、言葉通り桁違いに大きい。かつてサンクトブルグで戦った巨大ゴーレムすら比べ物にならない程である。
「大丈夫よ。大きさが強さでは無いことを、証明してあげるわ」
しかし、やはりベルスレイアは何の不安も抱いていない。巨大かつ自身のステータスすら数値上では超える怪物にさえ、恐れを抱きはしない。
「頑張ってくださいね、ベル。私、ここで応援してますから!」
「ええ。待っていてちょうだいね、リズ」
リーゼロッテだけが、ベルスレイアの勝利を疑いもせずに信用し、送り出す言葉を口にした。ベルスレイアなら敗北などありえない。という、無償の信頼を寄せていた。
これにベルスレイアは応えるように、不敵な笑みを見せる。リーゼロッテが見ている、という事実に、より闘志を昂ぶらせた。
「じゃあ――行ってくるわね」
そう言い残すと――ベルスレイアは血の翼を大きく広げ、上空へと飛び上がった。