瓦解する帝国貴族 03
「余の妻、娘――番達を奪ったことも許そう。欲しいなら、譲ってやっても良い。……但し、それは貴様が余の妻となり、子を孕み生むと約束する場合の話だ」
皇帝は、堂々と要求を告げる。
「断れば、どうなるのかしら?」
ベルスレイアもまた、堂々と問い返す。両者共に、自分の勝利を確信しているような表情であった。
「……断るならば、実力行使しかあるまい」
皇帝は言って、視線を鋭くする。
「貴様以外の全てを破壊してやる。帝都は無論、帝国のあらゆる土地を焼き払い、貴様に味方する全てを灰に変えてやろう。そして貴様を力づくでも抑え込み、孕ませ、我が子を産ませてやる」
脅すような、低い声色で皇帝は告げる。
だが、ベルスレイアにはまるで効いていない。
「お前如きに、それが出来るとでも?」
言って、フン、と鼻で笑うベルスレイア。
「存在しない力を振るう妄想は、さぞかし楽しいでしょうね。でなければ、心細くて耐えられない――とでもいったところなのかしら?」
皇帝を煽るように、ベルスレイアは嫌味を言う。だが、皇帝の側もベルスレイアの発言を気にする様子は無かった。
「そうか。受け入れてはくれぬか」
言って――懐に手を入れ、何かを取り出す。
「残念だ。余もわざわざ、不要な犠牲を出すつもりなど無かったのだがね」
そして、出てきたのは一つの宝玉。真紅色の、小石ほどの大きさの球体であった。
「これは、我が故郷たる火の竜人の里に伝わる宝玉。名を真竜の緋石と言う。竜人が、より優れた竜種に姿を変えるために必要なものだ」
「そう。で、それがどうしたのかしら?」
ベルスレイアの問いに、皇帝は正直に答える。
「本来、この石は発動に膨大な魔力を要する。だが……今は奴隷達を生贄に、千人分の魔力を注ぎ込んである。これだけの魔力があれば、最上位の真竜――『緋龍』の姿になることも不可能ではない」
「あらそう。だったら早くしなさい。蜥蜴の相手をする時間だって、無限にあるわけじゃないんだから」
ベルスレイアの言葉に、皇帝はニヤリと嗤う。
「ふん。無知なる者は幸福よ。『緋龍』は貴様らの知る『竜』ではない。かつて魔王が異界より呼び寄せたとされる、伝説の『龍』の一匹。そこらの飛び蜥蜴とは異なるのだよ」
言うと――皇帝の手の中で、紅い宝玉が輝きだす。
「真竜の緋石よッ! 余に力をッ! 全てを滅する焔の力を与え給えッ!!」
――そして、光が弾ける。辺り一面が光に覆われる。
すぐに光は収まる。すると、その場に居たはずの皇帝の姿が消えていた。
「どこへ行ったッ!?」
一人で騒ぎ出す、アレスローザ。
「落ち着きなさい。逃げたとしても、そう遠くへ行けるわけではありませんよ」
そして娘を宥めるフランルージュ。
そんな二人を……まるで意に介さず。ベルスレイアは天井を――その先にある空を、血の魔眼の力で睨み付けていた。
「――なるほど。そう来るのね」
ベルスレイアだけが、全てを理解したように呟く。
「全員聞きなさい。すぐさま、帝都全体に緊急事態宣言を。少しでも安全な場所に避難、隠れるように指示しなさい」
そして、この場の全員へと指示を出す。
「どういうことですか?」
アレスローザが、訳が分からず理由を尋ねる。
「敵は――空の上から来るわ。それも、とびっきりの大きさでね」
語るベルスレイアの顔には、どこか楽しげな表情が浮かんでいた。