禁忌と亡国 01
帝国の情勢が安定し――と言ってもベルスレイアにとってだが。暗殺や諜報に出向くことも減ってきた。
ベルスレイアはこの日、銀華苑の事務所にて紅茶を嗜んでいた。事務所とは言っても、当然ベルスレイアの美的感覚に合わせ装飾された室内である。華やかさから、事務所という言葉とは結びつきづらいぐらいであった。
その事務所内にて。紅茶を嗜むベルスレイアに、銀華苑の幹部が報告を上げていた。
「――以上のことから、帝国内の反抗的な貴族勢力はほぼ駆逐されたものと思われます」
「そう。なら、今諜報に回している人員は別に使ったほうが良さそうね」
「どちらが宜しいでしょうか?」
「皇室や帝都周辺の貴族に注力した方が無難ね」
「かしこまりました。そのようにしておきます」
幹部は頭を下げ、事務所を後にする。
――このように、ベルスレイアはギルドのトップであるかのように扱われている。が、実際のトップは複数名の幹部。役員による合議制にて運営されている――という体裁になっているのが、銀華苑という組織である。
実際のボス、象徴として『銀薔薇』のことを崇めている。また、運営方針を実際に決定するのはアドバイザーであるベルスレイア。あくまでも組織外部の人間という立場に収まることで仕事はしない。が、方針には口を出すという都合の良い立場である。
そして、アドバイザーの意見を預かった幹部が、会議でこれを一つに集め、共有。そうして銀華苑の運営方針が決定されていく。
このような状況が認められているのは――無論。ベルスレイアが『銀薔薇』本人であると、銀華苑幹部の誰もが確信しているからである。
圧倒的な実力を持つ『銀薔薇』という存在。そして、突如アドバイザーの立場に収まった令嬢ベルスレイア。二人の存在を繋げて考えるのは無理の無い話である。
ただ、ベルスレイア本人が正体に言及したことは無い。しかし状況証拠と、そして何より本人の声の一致により、幹部達はほぼ確信。それ以下の構成員は「可能性が高い」と考えている。
実際――単なるアドバイザーに過ぎないはずのベルスレイア。その大きすぎる態度を、咎めるような者は一人も居ない。事務所を勝手に飾り付けても。運営方針に口出しをしても。依頼にない諜報任務を与えられても。誰一人文句は言わない。不満を見せるような様子も無い。
当然、これには銀華苑という組織の運営が優良な状態にあるのも影響しているのだが。
この日もベルスレイアはアドバイスの為、銀華苑を訪れていた。先程の幹部の報告を受け、今後の方針を提示する。これは定期的に行われている作業でもある。
既に仕事を終え、用事も無くなった。が、ベルスレイアはゆったりと紅茶を飲む。後ろにはルルが控えており、影の中にはリーゼロッテが居る。シルフィアは屋敷にて黒薔薇を任され、この場には居ないのだが。ほぼ、屋敷に居るのと変わりない状態であった。
「――騒がしいわね」
そんな時、ふとベルスレイアが呟く。音らしきものは聞こえず、ルルは首を傾げる。
「違うわ。外を見ていただけよ。じきに、報告に来ると思うわ」
ベルスレイアが言って、数分後。
実際に、事務所へと荒々しい足音が近づいてくる。
「――ベルスレイア様! 申し上げなければならないことがございます!」
扉の前で、銀華苑の本部警備担当の者が声を上げる。
「いいわよ。入ってらっしゃい」
ベルスレイアが許可を出すと、ぞろぞろと人が入室してくる。
「実は、先程お屋敷の方に襲撃があったようで。その襲撃犯を捕らえた為、こちらまで連行してきた次第でございます」
銀華苑本部の警備担当が述べた。これに合わせて、前に出るのは屋敷の警備を担当していた黒薔薇の、隊長格の一人。
「こいつらが、その下手人です。その場で捕まえ、口を割らせようとしたのですが、どうにも固かったので。ここはベルスレイア様にお任せするのが一番かと思い、こちらまで連行しました」
黒薔薇の隊長は言って、部下二人が連行して来た襲撃犯二人を突き出す。
「そうなの。この判断は、貴女が?」
「いえ。シルフィア様が、ベルスレイア様なら巧くやってくれるはずだとおっしゃりましたので」
「なるほど。確かに、間違いではないわ」
ベルスレイアは言って、紅茶を一度置いて席を立つ。そして、正面に捕縛され突き出された襲撃者の男二人に鋭い視線を向ける。
「別に、拷問というわけではないけれど。壊してもいいのならいくらでもやりようはあるもの」
その言葉に、襲撃者二人はどちらも顔を青ざめさせるのであった。
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