魔物の暴走と防衛戦 04
少女も含めた、女性冒険者達の訓練の日々は、一週間ほど続いた。
黒薔薇による訓練は的確で、誰もが見違える程に実力を伸ばしていた。少女もまた、自分の動きが以前とは比べ物にならないほど良くなっていると実感できた。
このまま強くなっていけば。まだ冒険者としてやっていけるかもしれない。
そんな希望を抱き始めていたある日。――絶望が訪れる。
魔物の集団暴走。その徴候が見られた為、ギルドから招集がかかる。
当然、少女達も同様である。そもそも、ベルスレイアの部隊自体が集団暴走に備えて結成されたものである。招集自体は、当然のものだと少女も理解していた。
だが――まさか、自分達が最前線に送り込まれる部隊であったとは、想像もしていなかった。
いくら訓練を経て強くなったと言っても、たかが一週間。冒険者としてのランクが上がる程の変化ではない。
だというのに、送り込まれる戦場は最も危険な場所。Aランクでもなければ生き残ることも難しいと思われる、集団暴走の最前線。
少女も含め、部隊のほぼ全員が絶望した。己の運命を、辿る未来を想像し、顔色を悪くする。Aランク冒険者であるアンジュや、一部のBランク冒険者は戦意を滾らせていた。だが、少女のような低ランクの冒険者は例外なく絶望していた。
まさか、自分達を捨て駒にするつもりでは。そんな疑いの気持ちが浮かび上がる。誰もが、心のどこかでベルスレイアを信頼していた。
だが、その信頼まで裏切られたように感じていた。
――そんな状態で、女性冒険者の部隊は最前線へと赴いた。ベルスレイアに率いられて、魔物の集団暴走を迎え撃ちに向かう。
隊列を組む女性冒険者達。その前列に、少女も加わっていた。そして最前にはベルスレイア。
「――さて。それじゃあ今日お前達に任せる仕事を伝えるわ」
ベルスレイアが言い、少女は覚悟を決める。どうせ死ねと言われる。この戦場で、自分の命は終わりを迎えるのだと。
だが、予想を裏切る形でベルスレイアの言葉は続く。
「誰一人、傷つくことは許さないわ。私は勝利以外求めない。敗北は許さない。だから――お前達のような弱者には一切期待しないわ。戦わず、挑まず、ただここに立っていなさい」
その言葉に、誰もが呆気にとられた。ベルスレイアの言うことは、つまり何もしなくていいという意味だった。
「――じゃあ、私たちはなんのためにここに居るんですか?」
思わず訊いたのは、少女であった。誰もが同じ疑問を抱いていた。全員が、ベルスレイアの答えに注目する。
「簡単よ」
次の瞬間、ベルスレイアの手には剣が握られていた。黒い刀身の、特徴的な剣。常闇の剣である。
「お前たちは見届ける必要がある。この私が、この戦場で最強であることを。全てを見聞きし、記憶し、私という伝説を証明しなければならない」
言うと、ベルスレイアは剣を構え――迫りくる魔物の集団に向き直る。
少女達に背を向けたまま、ベルスレイアは告げる。
「安心なさい。――貴方達には、かすり傷一つ付けないから」
言い終わると同時に、ベルスレイアが出た。魔物の集団に向かって駆けていく。常人離れした速度で、僅かな間に距離を詰めていく。
たった一人で、あの数の魔物を相手するなんて。無謀だと、無理だと誰もが思った。
しかし――そんな予想すら、ベルスレイアは裏切った。
何をしたのか、少女にも、他の冒険者にも分からなかった。だが、はっきりと巨大な炎が立ち上がったのだけは見えた。
それがベルスレイアの発した魔法で。
直後に魔物の集団を焼き払う程の威力があって。
確かに――たった一人で、無数の魔物を殲滅していることだけは理解できた。
「――すごい」
少女は思わず呟く。それほどまでに、ベルスレイアは圧倒的だった。
その戦闘の様子を、じっくりと見つめる。冒険者達は皆、少女と同じように唖然としていた。
ただ――一つだけ、少女は考えていた。
この人についていけば、きっと大丈夫。一生ついていきたい、と。憧れに似た不思議な感情に胸が高鳴る。
そうやって……戦闘が終了する頃には、誰もがベルスレイアに向けて、熱い視線を注いでいた。