魔物の暴走と防衛戦 02
その少女は、田舎から帝都に憧れていた。
少しばかりの剣の才能があり、冒険者となって帝都に上京した。
しかし、実力主義の帝都において、少女の実力はあまりにも不足していた。なまじ顔立ちが良いせいで、厄介な男性冒険者に絡まれることも多々あった。
そうした理由から、少女は冒険者を引退し、田舎に帰ろうと考えていた。
だが――そんな時、ギルドから指名依頼が出された。
『集団暴走に備え、新設の女性冒険者部隊を編成する。その一員となり、集団暴走に備えよ』
妙な依頼ではあった。が、依頼金は前払いで、しかもかなりの高額であった。田舎に帰る前にひと稼ぎしよう。そう思い、この依頼を受けた。
だが、すぐに間違った判断であったと後悔する。
「――貴方達は幸運にも、この私が指揮する部隊に選ばれたの。そして私の部隊である以上、強くなければいけない。よってこれから、集団暴走のその日まで。貴方達は私の私有する騎士団『黒薔薇』から厳しい訓練を受けてもらうわ」
等と、演説する女性。その名はベルスレイア。近頃話題の冒険者であり――S級犯罪者である『銀薔薇』の正体ではないかとも言われる、恐ろしい人物である。
そんな人物の屋敷へと連れ込まれ、少女はひたすら怯えていた。他の冒険者達も同様であり、誰もがこの世の終わりのような顔をしていた。
「ちょっと待てよ!」
が、一人の女――この場にいる冒険者の中でも飛び抜けた美女が異議を唱える。
「アンタが指揮するってのに納得がいかねぇ。アタシはAランク、アンタのランクは何なんだよ!」
「ランクなら、残念だけど今でもCランクよ」
「だったら尚更だ! アタシは格下の指揮なんざ受けねぇ」
「そう」
ベルスレイアは小さく頷き、呟く。
――次の瞬間には、異議を申し立てた美女が吹き飛んだ。
二回、三回と転がった後、美女は倒れたまま動かなくなる。完全に意識を失っていた。
この美女のことを、少女も知っていた。Aランク冒険者のアンジュ。ソロ活動をする冒険者で、有名な人物だ。実力も高く、同じAランクの間でも一目置かれるほどである。
そんな人物が、一瞬で戦闘不能に陥った。
そのあまりにも理不尽な現実に恐怖し、その場の全員がいっそう顔色を悪くする。
「減らず口を言うのはいくらでも許してあげる。私、可愛い女の子には寛容なのよ」
なにを以て許しているのか。アンジュは明らかに報復を受けているではないか。と、少女にはさっぱり理解できなかった。
実際、ベルスレイアの許すとは殺さずにいてやるという意味。お仕置きをするのは当然のこと。何もおかしなことは言っていない。本人にとっては、だが。
「では早速、訓練を始めましょうか」
ベルスレイアが告げると、控えていた大勢の女性騎士――黒薔薇が前に出る。集まった女性冒険者全員に、マンツーマンでの指導をする為である。
「私が見ていてあげるから、頑張りなさいな」
言って、ベルスレイアは後ろに控えていた侍女の用意した椅子に座る。そして侍女の用意した紅茶を飲む。
なんて理不尽な人なんだろう。最悪だ。と、少女はとにかく自身の不幸を呪うのだった。
――だが、そんな少女の思考は、訓練が進むほどに覆される。
まず、黒薔薇と呼ばれる騎士たちの指導が非常に優れていた。少女はもちろん、集まった冒険者達全員が的確な指示、指導を受けていた。厳しいながらも、無理を言わぬ指導は、受けていて心地が良かった。
気がつくと、少女は真剣に訓練を受けていた。
そんな自分に気づき、少女は少し考えを改める。
もしかしたら、この環境は悪くないのかも、と。あくまでも、自分を鍛えるという点においてはだが。