手出し無用の女 05
――彼は、帝国貴族の中でも有数の実力派であった。
武力を元に集めた人手を使い、武力を背景に黒い手口を無理に通した。そうして力を得て、今では侯爵位を名乗る程となった。
そんな彼の主たる資金源は、違法奴隷商。帝国では表沙汰にすることの出来ない、他種族への差別思想。人間、獣人、妖精族。そういった種族が、他種族へと向ける歪な感情。
そこを商機と見て――違法に捕まえた奴隷を、秘密裏に売り捌く。結果莫大な利益、そして共犯者という裏切りの難しい関係を得た。
そうして得た利益を元手に、次は冒険者のクランを作り上げ、後押しした。得られた利益を上納させ、それを奴隷商に横流しする。そして自分の手を汚す事無く、金に目が眩んだ奴隷商に違法奴隷を集めさせることに成功した。
このままいけば、何の心配もいらない。身内、配下、協力者を順調に増やしていけば。いずれは皇帝の座にさえ手が届きうる。
そう――思い込んでいた。
だが、現実は非情。
この日――彼の寝室にて、彼の人生は終わりを告げる。
いつもどおり、彼は仕事を終え、寝室へと戻ってきた。
すると――謎の黒い人影が先にベッドに腰を掛け、待っていた。
恐らく女性と思われる身体つき。漆黒の影色でなければ、全裸とも間違いかねない服装。そして――銀色の、薔薇模様の彫られた仮面。
不審者であることは、一目瞭然であった。
「――ッ! ッ!?」
彼は即座に声を上げようとした。しかし、不可能であった。何かが口の中で蠢き――歯が縫い合わされたかのように動かない。
「――さようなら。哀れで弱い愚か者」
侵入者は、少女のような声で呟く。どこからともなく、銀色の薔薇の造花を取り出す。それを彼の、眼球に向けて差し出し――深く突き刺す。
造花の茎は脳まで達する。そのまま侵入者は、造花で脳をほじくり返す。激痛のあまり彼の身体が跳ねる。が、まるで何かに縛られているかのように、微動だにすることは無かった。
やがて彼が絶命すると、拘束は無くなる。力なく、背中から倒れる。銀の薔薇は、眼球から咲いたかのように突き刺さったまま。
これを確認すると、侵入者――ベルスレイアは、即座に潜影で姿を消す。
まるで最初から誰も居なかったかのように、静寂が訪れた。
翌日。彼の死体が発見された。
最初こそ、彼の政敵による犯行ではないか、という説が展開された。しかしさらに翌日。彼と繋がりのあった奴隷商人が数名。そして冒険者クラン『竜の牙』のリーダーの死により、説は覆された。
全員――死体のどこかに、銀色の薔薇の造花が突き刺さっていたから。
政敵による犯行であれば、死体を見せびらかすようなものは必要無い。証拠となるリスクがあるからだ。
そして奴隷商人、冒険者クランにまで手を出す必要は無い。彼の派閥が瓦解したなら、それらは自分の派閥へと編入することも可能なのだから。
何より――死体に咲く銀の薔薇が、犯行の異常性を如実に語っていた。
まるで犯人が、自分の存在を認識してくれとでも言うかのように。
その予想に違わず。彼の派閥の貴族達が。奴隷商人の子飼いの傭兵達が。クラン『竜の牙』に所属する冒険者達が。次々と、一日毎に、ありえない早さで殺されていく。時には数十名にも渡る被害者が出る日もあった。
そうして僅か二週間で、死者数は数百名にもなった。その全てが、最初に殺害された侯爵と関係のある貴族、奴隷商人、そしてクラン『竜の牙』の構成員であった。
特に『竜の牙』に関しては、一人の例外も無く殺害された。
やがて『竜の牙』最後の一人が殺害されると、連日続いた殺人事件は幕を閉じた。翌日から、夜に咲く銀色の薔薇は姿を見せなくなった。