手出し無用の女 04
「――全く、無礼な輩です! 即刻、竜のなんたらとかいう弱そうな名前のクランを潰しに行きましょう! 黒薔薇は全員、即出撃出来ます!」
屋敷に帰るなり、シルフィアが熱り立っていた。
「待ちなさい、シルフィ」
だが、それをベルスレイアが止める。
「今回の件だけれど、私が直々に手を下すわ」
「ベル様がですか? そんな、あんな愚物共にはもったいないです!」
シルフィアが反論するが、ベルスレイアの意見は変わらない。
「それでも、よ。群れに群れで抵抗するなんて、そんなのは弱者の手口よ。向こうと同じやり方だし。私のプライドが許さないわ」
何よりも優先されるべきもの。ベルスレイアのプライド。つまり個人的な気分の良し悪し。それを引き合いに出されては、シルフィアも黙らざるを得ない。
「だったら、どうするつもり? 真正面から皆殺し、なんてするつもりは無いんでしょ?」
そして、ルルが具体的な策を問う。
「そうね。今回は――闇から闇へと消えて貰おうかしら」
言って、ベルスレイアは笑みを浮かべる。
「どういうこと?」
「ふふっ。少し試したいことがあるの」
そうして――ベルスレイアによる報復活動が開始した。
最初に、ベルスレイアは潜影を使い、自分の影の中に居住空間を作り上げる。
そして、外出時はこの空間へと常にリーゼロッテを連れ歩くことにした。
これはリーゼロッテの癇癪対策でもあり、外敵からの護衛の意味もある。
そんな対策を何より先に優先したのは、今後ベルスレイアが屋敷を離れることが多くなるからである。
計画として、第一にクラン『竜の牙』の実態調査。及びトップの人間の特定。次に構成員の正確な把握。
最後に――末端ではなく、トップから順番に殺していく。
シンプルかつ力技の計画だが、決して無理なことではない。ベルスレイアには潜影、操影というスキルがある。これらは暗殺、諜報に適した性能をしており、サンクトブルグでも散々使いまわした。
そして血の魔眼というスキルも合わせれば、調べられないことなど皆無に等しい。
何よりも。上から順に、正体も分からない敵に殺されていくというのは、第三者から見てもとても恐ろしい。この恐怖を、ベルスレイアと敵対した結果として広めることが出来たなら。
間違いなく――帝都の少なくない人々の心を恐怖で支配する結果に繋がる。
帝都を支配、所有する過程で、有効に使えると考えられた。
そのためには、犯行を特定の人物が行っていると特定される必要がある。
そこで、ベルスレイアは集めた鉱石を使って銀製の薔薇の造花を作った。これを犯行現場に残すことで、自分の犯行であると伝える為だ。また、細工が細かく難しい為、模倣犯も現れづらいと考えられる。
さらには、もしも姿を見られた時の為、顔を隠す仮面を作る。こちらも薔薇の造花に合わせ、右目部分周辺に薔薇の模様を彫り込んだ銀製の仮面になった。
これら装備を整えたベルスレイアは、いよいよ諜報、粛清の為に帝都を暗躍する。夜の闇に紛れ、影から影へと移りゆく。時に姿を見せたとしても、サンクトブルグの時と同様に操影で影を纏っている為、目視は難しい。
そうした状態で『竜の牙』の調査を進めたベルスレイア。すると、予想以上の情報が得られた。
まず、クラン『竜の牙』は帝国の貴族が発足させたクランであること。目的は竜を代表とする、希少かつ有用な魔物の素材を集中的に集めること。その為に専門的な訓練を受けており、構成員のほぼ全員が、格上の魔物を集団で狩るプロになっている。
そして――得られた利益の使い道についても判明。なんと、違法な奴隷商人の活動資金として運用されていたのだ。
そうして潤沢な資金を得た違法奴隷商人から、貴族が違法な奴隷を買う。奴隷商人は貴族の後ろ盾と莫大な資金を元手に、表と裏の両方で奴隷をやり取りする。クラン『竜の牙』は奴隷商人から、危険な魔物の討伐に使える捨て駒を融通してもらう。
おおよそ、そうした構造から利害関係が成り立っていた。
となると――ベルスレイアの敵はクランだけではない。同じ群れの仲間である貴族達。そして奴隷商人もまた敵と言える。
粛清対象が明確に決まり――恐怖の夜が始まる。