魔導器パンクトネイル 08
ベルスレイアが、久しぶりに工房から姿を見せた。
長らく籠もって作業をしていたベルスレイアを気遣い、ルル、シルフィア、そして白薔薇や黒薔薇の面々も集まってくる。
「あら、どうしたのかしら?」
当の本人だけが、呑気にそんな声を漏らし、首を傾げた。
「ベル様。一週間も引きこもって作業をしていたんですから、私たちが心配するのも当然ではありませんか?」
「私がたった一週間の作業でどうにかなるとでも?」
「い、いえ。そういうわけでは」
全員の気持ちを代表して言葉にしたシルフィアだけが、ベルスレイアの不興を買った。
実際――ベルスレイアのスキル、自然治癒の力に加え、吸血鬼としての肉体の頑丈さ、収納魔法に仕舞っておいた食事と飲料という条件が揃っていたのだ。たかだか一週間程度の作業は苦にもならなかった。
とはいえ、気が急いて作業に没頭しすぎたのは事実であった。
「まあ、貴方達が心配したというなら、その分ご褒美をあげましょうか」
言って、ベルスレイアは収納魔法から試作として生み出した無数の賢者の石を取り出した。それぞれが集まった面々の正面に、一つずつ取り出される。
「今回私が生み出した新たなる物質。魔法的にも、物理的も理想的で究極の物質。その名も『賢者の石』よ。貴方達にも、おすそ分けしてあげるわ。飾るなり、煮るなり焼くなり好きになさい」
要するに、ベルスレイアは賢者の石を全員に一つずつ下賜したのである。黒薔薇、白薔薇の面々はきゃあきゃあと喜びの声を上げる。宝石としての賢者の石の美しさもさることながら、ベルスレイアから直接貰うものというのは珍しい為だ。
「これが、ベル様の作りたかったもの?」
ルルが、賢者の石を手に取り、眺めながら訊く。
「ええ。魔法触媒としての性能――魔素伝導率はミスリルどころかオリハルコンより遥かに優秀。しかも頑丈で、靭性にも優れ、自己復元能力もあって、美しい。正に究極の物質でしょう?」
「なるほどね。で、これを使ってようやく完成したわけだ。ベル様の、理想の武器ってやつが」
「ええ。今、取り出して見せてあげるわ」
言って――ベルスレイアは、収納魔法から完成した打槍を取り出し、装備した。
その打槍は、深い血のような赤色をしていた。あらゆるパーツが賢者の石で出来ており、僅かな配合の違いから色の濃淡を表現し、パーツ毎に色分けをしてデザイン性を高めている。また、部分的には粘金の粒子を溶かした水銀で塗装もされており、綺羅びやかな黄金色が差し色としても機能していた。
そして先端。杭の部分には、黒み掛かった鈍色、かつ斑模様の杭が装着されていた。これはダマスカス鋼に僅かな壊鉛を含ませた合金であり、新たな魔法金属の一種である。
ダマスカス鋼よりも靭性に優れ、壊鉛よりも頑丈さに優れた杭であり、単純な硬度で言えばローゼスタイトを超える。賢者の石には及ばずとも、非常に優秀かつ、生産性に優れた魔法金属である。
「これが、私の持てる技術を結集させて作り上げた最高の打槍。名付けて……そうね、パンクトネイルと呼びましょうか」
ネイルは爪や釘の意味を持つnailから。パンクトは穴をあける、傷つけるといった意味を持つpunctureから。二つの言葉を合わせ、ベルスレイアは己の打槍に名前を付けた。
「ふーん。どこの言葉か知らないけど、雰囲気は合ってる感じがするね」
英語という、この世界に存在しない言語から名付けられたが故に、この中で最も博識なルルであっても意味は理解出来なかった。
だが、ベルスレイアにとってはそれで良かった。名前など記号に過ぎず、込める意味など自己満足の域を出ない。
「なんだかかっこいい名前ですね!」
そう言って、リーゼロッテが笑顔を浮かべた。ベルスレイアにとっての、たった一つの重要なこと。それがこの笑顔であり、リーゼロッテが満足するならそれで良かった。
「――さて。お披露目はここまでよ。早速だけど、実際に使用感を試してみたいわ」
ベルスレイアは言って、ルルと、そして白薔薇達に視線を向ける。
「それなら、帝都の外に行くべきだね。さすがに、屋敷でベル様の本気に耐えられるかなんてテストをされたら、ここら一帯が更地になっちゃうしね」
そして、ルルはベルスレイアの視線を受け、そう答える。その後白薔薇に視線を送って頷く。これだけで、白薔薇は行動を開始した。ベルスレイアの外出の準備に取り掛かったのだ。
「それじゃあ、準備が出来たら浴場に来て頂戴。それまでに、汗を流しておくわ」
「分かったよ。久々の息抜きなんだから、少しゆっくりしてきなよ」
「ええ。――リズ。それじゃあ行きましょうか」
「はいっ! ベルと一緒のお風呂ですね。楽しみです」
そうして、ベルスレイアはリーゼロッテを連れ、屋敷内にある大浴場へと向かったのであった。