魔導器パンクトネイル 07
最初の魔法セラミックスを完成させた後。ベルスレイアは多種多様な金属、そして宝石類に魔素を流し込んでいった。
出来上がった物質の性質を検査。そして記録。一通りのデータが取れた後は、また別の物質に魔素を流し込み、また検査。
そのような作業を、三日間睡眠することすら無く続けた。
さすがにリーゼロッテも、同じような作業をずっと見ているのは退屈であった。時折工房から抜け出しては、また戻ってきてベルスレイアの様子を眺める。ベルスレイアが眠らない一方で、リーゼロッテはしっかり自室に戻り、毎日睡眠をしっかり取っていた。
そうした三日間を経て、ベルスレイアはあらゆる金属、そして宝石についてのデータを獲得した。
結果、一つ判明したことがある。魔素を流し込むことによる性質の変化――ベルスレイアが魔法変性と呼ぶことにしたこれは、幾つかの種類に分類することが出来たのだ。
まず最も多かったのは、基本的な性質はほぼ変わらず、魔素伝導率だけが変化するパターンであった。多くは宝石だったが、金属の場合も魔素伝導率が大きく上昇する場合は多かった。
これを、ベルスレイアは魔法変性の過程で大量に流れる魔素が影響しているものだと推測している。
こうした変化を起こした物質を、ベルスレイアは錫を魔法金属化した物質から名を取り、エーテル族と総称することにした。
一方で、魔素伝導率すら上昇することなく、殆ど元の物質と性質に変化が無い物質も多かった。これらは、元来から魔素伝導率に優れる物質が魔法変性を起こした場合によく見られた。
例外として、鉄やクロム、ニッケル等の金属は元から魔素伝導率に優れるわけではない。だが、魔法変性を起こしても魔素伝導率が変化することは無かった。
ベルスレイアは、元から魔素伝導率に優れる物質を、銅の魔法金属から名を取ってヒヒイロカネ族。魔素伝導率が悪い物質を鉄の魔法金属から取ってアダマス族と呼ぶことにした。
そして、魔素伝導率の上昇が見られず、それ以外の物性に大きな変化が見られるものがごく少数ながら存在した。代表的な物質はチタンが魔法変性を起こした物質であるアダマンタイト。非常に優れた耐腐食性を獲得しており、濃硫酸中に一日浸した後でも腐食が一切見られなかった。
多くが耐腐食性や硬度、強度、靭性の大幅な上昇という物性の変化を見せた。これらを、ベルスレイアはアダマンタイト族と名付けた。
そしてこれらの傾向に当てはまらない例外的な物質もごく少数ながら存在した。
一つはオリハルコン。タングステンの魔法金属である。魔素伝導率も含む、あらゆる物性が大幅に向上。また、アルミニウムが魔法金属化したミスリルもこれに該当する。
こうした完全上位互換とも言える性質の向上を起こす物質を、ベルスレイアはミスリル族と呼ぶことにした。
また、ほぼ単一的な、固有の特殊な性質を獲得する物質も存在した。
代表的な物質は金を魔法金属化した粘金。
また、水銀を冷やして魔法金属化した物質も特殊な性質を獲得した。常温でも液体にならず、個体の状態を維持。およそ七十度ほどで融解する。
そして個体、液体、気体とどの状態であっても、濃い魔素と触れると激しく反応を起こし、バチバチと弾けるようにプラズマ化する。
この水銀を魔法金属化したものを、ベルスレイアはエクトプラズムと名付けた。
そうして、あらゆる物質の性質を調べ終わり、ようやく本格的に魔法セラミックス、賢者の石の製造に入った。
この作業はさらに膨大な試行錯誤を必要とした。その為――最終的に、ベルスレイアは一週間も工房に籠もったままとなった。
だが――そうした作業の甲斐もあり、ベルスレイアは目的通りの物質の製造に成功した。
賢者の石は、遂に完成したのであった。
「――はぁ。さすがの私でも、少し手こずってしまったわね」
ベルスレイアは額の汗を拭い、完成した一欠片の物質、賢者の石を血の魔眼を発動させて注視した。
経た工程は複雑なものとなった。
まずは石英とルビーに魔法変性を起こす。石英はミスリル族、ルビーはアダマンタイト族である。
そして、それぞれを加工していく。石英には白金の魔法金属、スタープラチナを蒸着して深い赤色の宝石に。ルビーには鉄の魔法金属、アダマスを微量に混ぜて一度融解させ、再凝固させる。結果、血のような色合いの不透明な物質が出来上がる。
こうして出来上がった物質を粉末状になるまですりつぶす。
次に、銅と銀、金、そして錫の魔法金属であるヒヒイロカネ、エルダーミスリル、粘金、エーテルをそれぞれ粉末状にする。
これら魔法金属の粉末と、前の工程で生成した宝石の粉末を適切な比率で混ぜ合わせ、完成した粉末原料。これを、魔法金属化する前の水銀に混ぜて捏ね、アマルガムに似た状態の物質を作る。
アマルガムとは異なり、そのままでは反応せず柔らかいままの状態を維持する。しかし、ここに大量の魔素を流し込む。
すると急激に水銀が魔法変性を起こしエクトプラズムへと変化。さらに魔素と反応してプラズマ化する。
そうしてプラズマ化したエクトプラズムと、不純物である粉末原料が急激に反応する。
結果――出来上がったのが、鮮やかな血色の物質。ベルスレイアが求めた、賢者の石であった。
あらゆる物性でローゼスタイトを上回り、魔素伝導率も極めて良い。一方で、結晶構造の外部を流れる魔素とは一切反応することが無い為、蒸魔素機関に必要な魔素密性も保つことが可能である。
さらには結晶化した時点での形状を完全に記憶しており、傷や歪みは魔素を流すことで自然と修復される。つまり、ローゼスタイトと同様の性質も獲得している。
また、宝飾品としても美しく、表面は光を受けると星のように煌くスター効果を示している。
そして紫から緑黄色光までの波長の光を受けた場合、これを吸収し、エネルギー源として赤い光を発する。そのため、どのような状況下でも深く鮮やかな血色の赤色を損なうことがない。
ベルスレイアは完成した賢者の石――拳大の欠片を持ち、じっくり眺め、そして満足げに頷く。
「――間違いなく、これで完成ね」
残るは、実際に賢者の石で自分の武器となる打槍を組み上げる作業のみ。
熱にも強く形状を記憶する為、賢者の石を生成する時点で部品として完成した形に仕上げなければならない。故に、ここからの作業もまた困難を極める。
だが、ベルスレイアは黙々と、さらなる賢者の石の生成に努める。
一心不乱に、己の手に相応しい武器を求め、繊細かつ膨大な作業続ける。
その後、さらに四日が経過した。
ようやく――完成の日が訪れたのであった。