魔導器パンクトネイル 05
ベルスレイアがリーゼロッテと工房に戻ると、既に外観がある程度整えられていた。廃屋同然だったものが、白塗りの壁と屋根で出来た小綺麗な小屋に早変わりしていた。
そして、まだ作業が途中なのか、数名の白薔薇とルルが工房の周りを忙しなく動き回っていた。
「さすがね、仕事が早くて助かるわ」
ベルスレイアは言って、一同を労う。
「ベルの為だからね。それに、工房ってなると堅牢性も重要だろうから。すぐに取り掛かって、補強する必要もあったんだよ」
「そうね、そこまでしてくれているのなら助かるわ」
ベルスレイアは、工房内で『操影』を発動し、強度を補うつもりであった。だが、ルルの言葉を信じるなら補強は不要だろう。
「じゃあ、中に入らせてもらうわね」
「はいはい。外で作業は続くから、ちょっと音がするかもしれないけど、気にしないで」
「ええ、宜しくね」
そうして、ベルスレイアはリーゼロッテを引き連れ、工房の中へと入った。
「わあ、見たことのないものが沢山!」
リーゼロッテは入るなり、工房の様々な施設に目を向けて、楽しげに声を上げる。
「どれも魔道具を作るために必要なものね。でも、今日はそっちは使わないわ」
言って、ベルスレイアは今日入手したばかりの金属インゴットを取り出し並べていく。
「さて、じゃあ魔法金属のお勉強の続きと行きましょうか」
「お買い物の時のお話の続きですね? 楽しみですっ!」
魔法金属の話が始まると分かると、リーゼロッテの興味は工房から金属インゴット、そしてベルスレイアの方へと向いた。
「前提知識として、魔法金属とは何か。そこから説明するわね」
言って、一つの金属インゴットを手に取るベルスレイア。
「通常の金属に膨大な魔素を浴びせ続けると、結晶構造が複雑化するの。これによって、結晶構造が魔法的な意味を持つようになったものが、魔法金属と呼ばれるわ。つまり、魔法金属は元々は普通の金属というわけなの」
「はい、それはお買い物の時にも聞きました。だから、魔法金属は普通の金属から作ることも出来るんですよね?」
「そうよ。実際、私は今までに発見されていない、あるいは一般的には普及していない魔法金属を生成することに成功したの」
ベルスレイアは、さらに収納魔法から複数の金属を取り出す。今度はインゴット状ではなく、短い棒のような形状に加工されている。
それらをリーゼロッテに渡すと、ベルスレイアは説明を続ける。
「それが私が作った魔法金属。うっすら青紫色のものがエルダーミスリル。黄色いのは粘金。白いのはスタープラチナと名付けているわ」
「えっと、この薄いピンクっぽいものは?」
「それはローゼスタイトと名付けたものよ。粘金とエルダーミスリル、スタープラチナの合金よ。――そのローゼスタイトのように、魔法金属もまた、通常の金属と同様に合金を作ることが出来るわ」
言って、ベルスレイアは並べた金属インゴットの中から一つの金属を手に取る。
「これはステンレス鋼のインゴットね。クロム、ニッケル、鉄の合金よ。これらはどれも、魔法金属として一般的ではないわね。鉄はアダマスという魔法金属があって、流通もしているのだけれど。鉄と性質がほとんど変わらない上に産出量も少ないから、あまり有名ではないわ」
ベルスレイアの言った通り、アダマスは一般にはほとんど流通していない。色合いが鉄と僅かに違うことから、彫金に使われることがある程度である。
同様に、魔法金属であっても希少性以外に特別な性質を持たない金属は、魔法金属であってもほぼ流通しておらず、一般にも知られていない。名前すら無く、産出地でゴミとして廃棄される魔法金属も珍しくはない。
「でも、合金の場合は話が変わるわ。この通り――」
言って、ベルスレイアはステンレス鋼のインゴットに魔素を大量に流し込む。すると、表面に特徴的な斑模様が浮き上がる。
「――誰もが知る魔法金属の一つ、ダマスカス鋼の完成よ。遺跡等から発掘された代物の中にのみ確認される魔法金属なのだけれど、それは現代には合金を魔法金属化する、という技術が残っていないからなの。作ろうと思えば、こうして作ることは出来るわ」
ベルスレイアは事も無げに説明し、リーゼロッテにダマスカス鋼のインゴットを渡す。
「ベルは失われた古代の技術まで使いこなせるんですね。すごいです!」
「ふふ。それほどでもあるわよ」
自慢げな笑みを浮かべた後、ベルスレイアは更に解説を続ける。
「――で、ここまでの説明を纏めると要点は三つね。通常の物質に膨大な魔素を流し込み、結晶構造が変化したものが魔法金属と呼ばれること。魔法金属もまた、合金を作ることが出来るということ。そして、元の金属がどうであれ、合金にすることで優れた性質を持つことがあるということ。そしてこれら三点を踏まえると、さらに新しい可能性を見出すことも出来るわ」
「新しい可能性、ですか?」
「ええ。それが、これよ」
ベルスレイアは言って、収納魔法からとある物体を取り出す。それは、遺跡最深部で採取した結晶の破片であった。
「これは、遺跡で見つけた魔神器の破片よ。魔法の触媒、要するに魔導書のような役割を果たす上で極めて優れた性質を示す上に、頑丈で私が軽く殴ったぐらいでは壊れなかったわ」
「えっと、魔神器とはなんのことです?」
「簡単に言えば、古代文明の技術が使われている魔導器のことね。現在のテクノロジーでは解明できない未知の技術で作られたものが魔神器と呼ばれるの」
ベルスレイアの説明通り、魔神器とは慣用的な語句であり、明確な定義や基準は存在しない。おおよそ古代文明の遺産に対して魔神器、という言葉が用いられる。古代文明の遺跡を稼働させていた魔導器であれば、まず間違いなく魔神器と呼んで差し支えない。
「――話を戻すわ。この魔神器は、極めて優れた性質を持った物質なのだけれど、どういう素材から成り立っているか分かるかしら?」
「えっと、魔法金属の合金ですか?」
「残念、惜しいわ。混ぜものであることには違いないのだけれど。ケイ素や炭素のような非金属の物質も含有しているから、合金ではなくセラミックスね」
「せら……えっと、それは何なんですか?」
「非金属元素や無機化合物からなる固形物質のことよ」
ベルスレイアの説明に首を傾げるリーゼロッテ。非金属元素、無機化合物といった説明は、この世界の文明レベルを前提とするなら極端に専門的な言葉となってしまう。
故にベルスレイアは、仕方なさげに苦笑を浮かべ、リーゼロッテの頭を撫でる。
「難しい言い方をしてしまったわね。石や宝石のような物質のことだと思ってくれたらいいわ」
「はい、分かりました!」
そして、再び逸れてしまった話を戻すベルスレイア。
「――で、この魔神器がセラミックスであるということが何より重要なのよ。つまり、金属が魔法金属になるのと同様に、セラミックスもまた膨大な魔素を流し込むことで結晶構造が変化し、魔法的な意味のある立体構造を持つようになるの」
「えっと、つまり魔法セラミックスになるってことですか?」
「そうよ。魔法金属と同様のことが、セラミックスでも起こるかもしれない。いいえ、起こるのよ。それが、この魔神器の破片によって証明されているの」
「えっと、つまり?」
リーゼロッテに問われ、ベルスレイアはニヤリと不敵な笑みを浮かべて答える。
「作ることが出来るのよ。ローゼスタイトをも超える究極の物質――名付けて『賢者の石』を、私なら生み出すことが出来る」