魔導器パンクトネイル 02
帝都を訪れて以来、初の市街地への外出である。
リーゼロッテは無論、ベルスレイアもまた、これまで市街地をまともに見回ってはいない。スイングベル商会と冒険者ギルドにこそ足は運んだものの、それ以外はほぼ素通りに近い状態であった。
故に、今回の買い出しは両名揃って初の市街地散策であると言えた。
「楽しみです。どんな面白いものがあるんでしょうか?」
「きっとリズの気に入るものが沢山あるわ」
喜び浮足立つリーゼロッテと、その姿を微笑みながら見つめるベルスレイア。
屋敷から徒歩で数分。スラム近辺の治安が悪い区画を抜け、表通りへと出る。それだけで人通りは一気に増え、雰囲気も明るくなる。
雑貨や家庭用の魔導器を扱う店も多いが、当然各種食料品を扱う店も立ち並ぶ。その中に、まばらに武器や防具を扱う店もあった。
だが、今回の目的はそれらのどれでもない。新装備の素材となりうるもの――つまり魔法金属や、その元となる通常の金属。そして帝都北部大遺跡で見たような、魔導セラミックスの原料となりうる物質。
これらを扱っているとすれば――まずは鍛冶屋。武器防具の製造から手掛ける店を探す必要がある。
武器防具を扱う店にも二種類があり、一つは鍛冶屋の製造した品物を卸して売る小売店。そしてもう一つが、鍛冶屋と併設型の直売店である。直売店の場合は、冒険者や傭兵、騎士等から受注を受けて一品物の装備を作ることも多い。
故に、各種素材、原料についても仕入れてある。交渉次第では直接素材を買い取るか、素材の卸元について聞き出せるはずであった。
故に、ベルスレイアは比較的大きめの、設備の整った武器防具店を探して商店街を歩く。
「まあ! ベル、これは何ですか?」
そして、ベルスレイアの事情など関係なく、商店街の品物を見て満面の笑みを浮かべはしゃぐリーゼロッテ。
今回リーゼロッテが興味を示したのは、蒸魔素機関で動く調理器具であった。中に入れた食材に圧力を加えながら加熱するという、言うなればコンロ要らずの圧力鍋である。
「そうね……これを使って料理をすると、味が良く染みて、柔らかく仕上がるのよ」
「なるほど、美味しく料理をするためのものなんですね」
リーゼロッテは興味深そうに鍋を眺める。蓋から吹き出る蒸魔素と、コンロ無しで稼働する様は、鍋というよりは炊飯器に近い。
これでお米の代わりに麦でも炊いてみようかしら――と、ベルスレイアは日本食に思いを馳せる。
だが、別段必要というものでもない。躊躇は一瞬で、すぐに足は動き出す。
「ほら、リズ。次に行きましょう?」
「はいっ♪」
リーゼロッテはベルスレイアの腕に抱き着き、そのまま共に歩き出す。
しかしそのリーゼロッテの手には……蒸魔素炊飯器がしっかりと握られていた。
「……リズ?」
「はい?」
「どうしてその魔道具を握っているのかしら」
「あると便利ですよね?」
こてん、と首を傾げ、当然の如く言い放つリーゼロッテ。説得は不可能であろう、とベルスレイアは悟った。小さく息を吐き、道を引き返して魔道具店へと入店する。
「店主さん。こちらの魔道具、買わせていただくわ」
言ってベルスレイアは、大金貨を店主らしき男に向けて放り投げる。
「ひ、ひえぇっ!? だ、大金貨っ!?」
「おつりはいらないわ」
それだけを告げて、ベルスレイアは店を出た。
そしていつの間にかベルスレイアから離れ、向かい側の店を覗き込んでいたリーゼロッテが手をふる。
「ベル! これ、すごいんですよ! 赤いのと、白くて赤いのがふわふわしています!」
言って、リーゼロッテが指差したものは地球におけるスノードームのようなおもちゃであった。但し、内側で舞っているのは雪ではなく金魚……によく似たこの世界における観賞用の魚を模したもの。そして水流は魔道具によって常に発生し続けており、まるで金魚が球体の中を自在に泳いでいるように見える。
目を輝かせながら、ベルスレイアを見つめるリーゼロッテ。
「……欲しいのね?」
「はいっ!」
ベルスレイアは、無言で魔道具店の店主に大金貨を投げて寄越した。
その後も、少し進む毎にリーゼロッテが魔道具に興味を示す。それをベルスレイアが大金貨で買い与える。その間にまた次の店でリーゼロッテが目を輝かせ……という繰り返しを続け、ようやくベルスレイアは目的の店を発見した。
「あの、ベル? ここは何のお店ですか?」
「ここは武器と防具の総合店舗のようね。規模も大きいし、丁度いいわ」
リーゼロッテに説明をしつつ、ベルスレイアは入店する。
店内には武器、防具が種類別に陳列されており、小綺麗であった。冒険者が来店するような店とは思えない程度には清潔感があり、ベルスレイアには好印象。
「こちらの店主さんはどちらかしら?」
そして笑みを浮かべたまま、ベルスレイアは近場に立っていた店員らしき女性に声を掛ける。
「会長にご用ですか?」
「ええ、商談を」
言いながらベルスレイアは、大金貨を取り出して店員の手に握らせる。
「取り次いで頂けるかしら?」
「か、畏まりました」
店員は想像を遥かに超える金額のチップを受け取り、急ぎ足で話を取り次ぎに向かう。
本日から更新を再開します。
もう一方の作品、『蒼炎の英雄-異世界に勇者召喚された少年は、スキル『火傷耐性』を駆使して成り上がる-』と交互に更新していく予定になっております。
宜しくお願い致します。