魔導器パンクトネイル 01
リーゼロッテが癇癪を起こした翌日。ベルスレイア達は四人揃ってスイングベル商会に顔を出す。今後の活動拠点となる屋敷についての進捗を尋ねる為だ。
今もベルスレイアの影の中には白薔薇、黒薔薇の面子が潜んでいる。彼女達を外に出してやりたい、という気持ちがある。だが、そのためには十分に広い敷地のある屋敷が必要だ。無論、宿屋の一室で出してやることなど到底不可能である。
だからこそ。早めに屋敷が欲しい。催促の意味も込めて、スイングベルと訪ねた。
「ちょうど良うございました。お屋敷の準備が出来ましたので、使いを出そうかと思っていたところです」
そして、会長室にてスイングベル本人からそう告げられ、驚くベルスレイア。
「随分仕事が早かったのね。期待以上よ」
「は、ありがとうございます。今回は、都合良く貴族の手放した屋敷が見つかりましたので」
その言の真偽は定かではない。だが、準備できたというなら問題ない。ベルスレイアは一先ず、スイングベルの手腕を信用することにする。
「いいわ。その屋敷に案内しなさい」
そうして、ベルスレイア達一行は、商会の案内役の先導に従い、屋敷へと向かった。
立地は貴族街からは離れており、むしろ庶民やスラムと距離が近い場所にあった。元々、領地を持たない下級貴族の黒い仕事の為に使われていたらしく。その都合上、スラムとの距離が近くなった。貴族街の中心で堂々と犯罪に手を染めるのは、いくら実力主義国家の貴族と言えど躊躇われたのだろう。
そして結局、その貴族の行いは白日の下に晒された。結果として屋敷は手放された。立地も通常の用途で使うには悪く、曰くもある。そんな屋敷を買う貴族はそう多くない。
理由があって余っていた屋敷だったのだが。これをスイングベル商会が買い上げた。ベルスレイアの立場であれば、貴族街の外にあるというのはむしろ都合が良い。そして、貴族が使っていただけあり、屋敷そのものは立派で敷地も広い。
実際に屋敷へと訪れ――ベルスレイアは納得する。確かに、この屋敷は都合が良い。
「――近いわね」
そう呟き、明後日の方向に視線を送るベルスレイア。
「……? ベル様。どうしましたか?」
「なんでもないわ、シルフィ」
ベルスレイアの仕草をシルフィアが気にするが、すぐに誤魔化され、有耶無耶になる。
「それより、中を見ていきましょう」
言って、ベルスレイアは屋敷へ足を踏み入れる。
貴族の屋敷とはいえ、別邸であるため建材の品質は一段劣る。だが、その豪奢な内装は悪いものではない。ベルスレイアが収納魔法に保有してある、王国由来の調度品と合わせれば、かつての公爵令嬢時代と同等まで品格を引き上げることは可能なように見えた。
内装については、問題ない。そして、機能性についても無論であった。元々が屋敷という体裁で用意した仕事場である。白薔薇、黒薔薇の面々が住まい、生活する空間は十分に確保可能である。
さらに――屋敷の一画には、魔法薬等の保管庫として利用されていた部屋も複数存在した。作りが頑丈である為、改装すれば魔導器、つまり打槍を作るための工房として利用できそううではあった。
「いいですね、このお屋敷。窓の外に、お花畑がたくさん!」
リーゼロッテは窓から身を乗り出しながら、庭の風景を褒める。広い花壇と、その中心に小さなガゼボ。庭園としてはそう珍しくない光景である。
だが、そこで育つ花には問題があった。
「……どれも毒草か、違法薬物の類いだね。品種改良で花の色が違うけど、臭いまでは誤魔化せてない。元々この屋敷がどう使われてたのか、よく分かるよ」
ルルが鼻をひくつかせながら呟く。ベルスレイアも、血の魔眼による鑑定で同様に理解していた。花の多くは品種改良された違法薬物。うち一割程度が毒草で、七割が向精神薬。残りが副作用の激しい違法な魔法薬の原料。
しかし――それらも含めて、ベルスレイアにとっては都合が良かった。
「魔術特性セラミックスの合成に使えるかもしれないわね。全て残しておきましょう」
と、ベルスレイアは告げる。目を瞑るシルフィアと、頷くルル。リーゼロッテは花畑の景色に夢中で、反応を示さない。
「というわけだから。帰って良いわよ」
ベルスレイアは、背後の方に控えていた案内役に告げる。案内役は頭を下げると、スイングベル商会の方へと帰っていった。
それを見送ってから、ベルスレイアは宣言する。
「さて。屋敷も手に入ったことだし。そろそろ本格的に動き始めましょうか」
手始めに――と呟いて。操影、潜影のスキルを発動。影の中から、次々と姿を現すメイド軍団。ベルスレイアの手駒、白薔薇と黒薔薇の面々である。
「まずは、お屋敷を私好みに改装しましょう。その後は魔導器の工房。それが完成したら、私専用の打槍制作ね」
その言葉に、一同全員が頷く。そして、具体的な指示を受けるまでもなく行動を開始した。誰もが影の中からベルスレイアの動向を見聞きしており、既に状況は把握済みである。
「じゃあ、アタシは白薔薇の指揮に入るわね」
ルルは言って、ベルスレイアから離れる。
「私も、黒薔薇の編成をさせていただきます」
シルフィアもまた、言って自らの役目を果たす。
「じゃあ、私は素材集めとさせてもらうわね」
ベルスレイアはそう告げると屋敷を離れる。今回は先日の失敗を踏まえ、しっかりとリーゼロッテを連れて行く。
「さあ。行きましょう、リズ」
「ええ、ベル」
二人は手を繋ぎ、屋敷を後にする。