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帝都北部大遺跡 07




 ギルドでの報告も完了し、ベルスレイア達は宿へと帰還した。スイングベル商会が屋敷を用意するまでの、仮の拠点として選んだ宿。冒険者が泊まるような宿ではなく、大手の商会の人間や貴族が利用する宿。

 その中でも最高級の部屋にて、リーゼロッテは三人の帰りを待っている。


 リズが待っているんだもの。早く帰らなくちゃ!

 心弾むベルスレイア。愛する者が自分の帰りを待っている、という境遇にどこかぐっとくるものがあった。おかえりなさい、ベル。ご飯にしますか? それともお風呂? などとリーゼロッテに言われた日には、気だけでなく天へと登ってしまうかもしれない。

 と、浮かれた気分そのままで、足取り早く部屋へと向かう。


 だが、その予想が妙な形で的中してしまう。

「ただいま、リズ」

 ベルスレイアは扉を開くなり、笑顔で呼びかける。

 すると、リーゼロッテはベルスレイアに駆け寄り、叫ぶ。

「――ベル、どうしてこんなに遅くなったんですか!?」

 そして次の瞬間、ナイフをベルスレイアの腹へと突き立てた。


「すぐに帰ってくると言ったのに! どうして! こんなにっ! 遅くなったんですかぁっ!! 寂しかったんですからね!」

 言いながら、何度もリーゼロッテはベルスレイアへとナイフを振りかざす。

 だがベルスレイアのステータスの都合上、リーゼロッテの攻撃では傷一つ負わせることも出来ない。

 そもそも、ナイフが突き刺さったところで自然治癒のスキルによりすぐさま傷は修復される。ダメージが残ることすらありえない。


 とはいえ、ナイフでめった刺しにしようとするリーゼロッテの行動は常軌を逸している。まずは落ち着かせるべきだ、とベルスレイアは考える。

「ごめんなさい、リズ。思ったよりもダンジョンが深くて、すこし遅くなってしまったの」

「うそです、ベルがそれぐらいで遅くなるはずないです! ベルはそんな、小さな事で約束を破ったりしません!」

 ドスドスとベルスレイアの腹部へナイフを突き立てながら、リーゼロッテは言う。確かに、遅れたのはダンジョンの深さではなく、図書館での調べ物が原因だ。理屈こそ滅茶苦茶だが、導き出した答えは合っていた。


「そうね、その通りだわ。ごめんなさい、リズ」

「私、もう頭がおかしくなりそうです! 何百年も離れ離れになったような、そんな苦しい思いでした。もう二度と、こんなに遅くなることなんて許しませんからね、ベル!」

 癇癪のままナイフを突き立てる。それだけで十分おかしくなっていると言えるのだが、ベルスレイアはわざわざ指摘したりはしない。今回は自分がリーゼロッテを待たせてしまったのが悪いのだ、と反省する。


 そもそも、失念していたのだ。リーゼロッテはサンクトブルグでの『実験』とやらのせいで狂っている。その体感する時間についても、一般の人のように等間隔でないことは既に把握していた。

 時が早く流れることもあれば、逆に遅くなることもあるだろう。そして、遅いときにベルスレイアと離れ離れになったならば。その心にかかる負担は計り知れない。


 故に、ベルスレイアは深く反省する。リーゼロッテの心に付いた傷について、あまりにも甘く見通していた。

 故に、このナイフはあえて受け入れよう、と考えた。

「ダメよ、リズ。こんなナイフじゃあ、私には傷なんか付かないわ」

 言って、ベルスレイアは収納魔法から一本のナイフを取り出す。刀身の黒い代物で、常闇の剣と同じ製法で作り上げたものである。


「これを使いなさいな」

「うぅ……分かりました」

 リーゼロッテは迷いながらもベルスレイアからナイフを受け取る。そして、すぐさま振りかざす。

「えいっ! えい!」

 ベルスレイアの腹部に、幾度となく突き刺さる闇色のナイフ。強度も切れ味も申し分ないお陰で、ベルスレイアのステータス相手でも十分な効果を発揮した。服が滲み広がる血で汚れていく。

 だがベルスレイアは全く気にしない。


「ごめんなさい、リズ」

「もうっ! 次は、ありませんからねっ!」

 笑顔でリズの頭を撫でながら、凶刃を受け入れるベルスレイア。まるで悪いことをしている気の無い様子で、ナイフを振るい続けるリズ。出血はひどいが、それでもベルスレイアには痛み以外に大したダメージは無かった。

 生命力は僅かに削られているが、それも一割にも満たず、減った途端に自然治癒のスキルによる回復する。吸血鬼の体質もあり、傷さえすぐに塞がる。

 そうした理由もあり、腹を刺されるのは甘噛みされるようなものである。と、ベルスレイアは考えていた。


 そのまま、幾度となくリーゼロッテの振るうナイフはベルスレイアを傷つけた。だが結局、部屋が血で汚れる以上のことは起こらず。やがて癇癪もおさまり、リーゼロッテは満足げにナイフを返した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 凄い狂気でありながら、何故か尊さも感じてしまいます
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