帝都北部大遺跡 05
図書館を出たベルスレイア達は、遺跡のさらなる深部を目指した。
魔物やゴーレムの強さは頭打ちで、シルフィア一人で十分に対応できる程度のものばかり。ベルスレイアは退屈しながらも、新しい情報を求めて深部へと潜る。
そうして数時間。ついに遺跡の最深部らしき場所へと到達した。
「……見るからに、怪しいですね」
シルフィアが言って、視線を向けているのは宙に浮く球体である。
淡い光を放つ、水晶にも似た球体。そこから膨大な魔素が流れ出していることを、ベルスレイアははっきりと捉えていた。
「これが、遺跡の心臓部ね」
その呟きに、シルフィアとルルも頷く。
残念なことに、最深部にも新しい情報は無かった。書籍らしいものはあっても、一つとしてまともな保存状況では無かった。朽ち果てた紙に書かれた文字は、触れるだけで崩れ落ち、塵となって消えていくばかり。
そうして得るものなど一つも無いまま、最深部まで到達してしまった。ベルスレイアの機嫌は、すこぶる悪かった。
「これを破壊すれば、遺跡の攻略が完了したってことでいいのね?」
ルルに向かって尋ねるベルスレイア。
「そうね。この魔神器が壊れたら、多分遺跡を包む魔素の量は格段に減ると思う。そうすれば遺跡型ダンジョンは攻略できたものとして扱われるわ。ギルドで攻略報告をして、後日事実通り魔素量の低下が確認されたら、攻略したものとして認定される」
「なら、とっとと壊してしまいましょう」
躊躇いもせず。ベルスレイアは常闇の剣を構え、横薙ぎに振るう。
すると――奇妙なことに、水晶は僅かな傷一つがついただけに留まった。
「そ、そんな!? ベル様の剣でも破壊できないんですか!?」
シルフィアが驚愕し、まるで三下のような言葉を漏らす。
だが、驚愕そのものは当然であった。ベルスレイアのステータスは文字通り『桁違い』に高い。
そのベルスレイアの一撃で、わずかに表面が欠けただけに留まったのだ。もしもこれがシルフィアの一撃であれば、傷一つ付かなかった可能性すらある。
普通なら機嫌を損ねるところだった。だが、ベルスレイアはむしろ喜んだ。
「――へぇ。面白いわね」
常闇の剣は、ベルスレイアが作り出した魔法金属の中でも最高峰の物質である。単なる魔素ではなく、操影による指向性のある魔素の重ね掛けにより生まれた魔法金属。それも既に魔法金属として完成されていたローゼスタイトの上からである。
物質的、魔法的な強度は共に既存のあらゆる物質を越えていた。
だからこそ、常闇の剣には傷一つ無い。だが、それほどまでに頑丈な魔法金属であっても。ベルスレイアの膂力を伴っていても。この水晶には僅かな傷しか入れられなかったのだ。
そこに、ベルスレイアは可能性を見た。
――血の魔眼を発動するベルスレイア。俯瞰視ではなく、鑑定の力を強く発動する。そして水晶の性質を、魔素の流れを通してよく観察する。
「……これは、セラミックス?」
そして、驚きのままに呆けたような声を漏らす。
水晶は、魔法金属の酸化物や炭化物、窒化物を主体とする物質で構成されていた。また、酸素や窒素そのものが既に魔素に浸されており、魔法金属と同様の性質を宿していた。
つまり、化合物の全てが魔術的意味を持つ結合状態を維持しているのだ。
その精密な結合状態は、ベルスレイアから見ても舌を巻くほどのものであった。
しかし、なるほど。と、ベルスレイアは納得した。
水晶に使われている物質は、どれも魔法金属としてはありふれたものばかりである。酸素、炭素、窒素については言わずもがな。
だが、そうしたありふれた物質であっても。こうして複雑かつ大規模な魔術的結晶構造を作り出すことが出来れば、優れた物性を発揮しうる。
要するに――ベルスレイアの膂力に耐えうる物質は、魔法金属に限らずとも生成可能であるということになる。
その可能性を見ることが出来ただけで、ベルスレイアには十分であった。
「――感謝するわ。これで私の力に耐えうる武器が作れるかもしれない」
そう呟き、ベルスレイアは全力を開放する。
スキル『覚醒』の発動。そして『飛剣』。さらに『破壊』の発動。
高まる魔素と共に、周囲に赤い蒸魔素が漂い始める。最大限まで破壊力を高め、その剣を振るう。
「――ハァッ!!」
圧倒的なステータスに由来する神速剣。シルフィアの技による神速とは対をなす、暴力的な剛の神速。その一閃はスキル飛剣の効果により、翔ぶ刃となって水晶へ飛来。
そして――覚醒により倍化した攻撃力と、破壊スキルの効果による超自然的破壊効果が合わさり、水晶は水でも割くかのように真っ二つとなった。
そして、飛剣はなお止まらない。遺跡の壁面へ衝突し、なお破壊を続ける。振り上げ気味に放たれた剣閃は、遺跡の天井を切り裂き、それでもなお先へと進む。
無数の壁と天井を引き裂いて、大地を切り裂き、やがて破壊は収まる。縦に裂かれた巨大な洞窟を生み出し、その一撃はようやく終わった。
当然、水晶は無残にも破壊されていた。切断時の衝撃が全体に伝わり、破壊スキルの効果も相まって、さらさらの細かな破片となって砕け散っていた。
「……まあ、こんなところかしら」
遺跡の損傷状態はともかく、魔素の発生源であった水晶は破壊された。これで遺跡のダンジョンとしての機能は停止し、攻略は完了となる。
「帰りましょう。戦利品は――そうね、この水晶を少し頂いていきましょう」
言って、ベルスレイアは砕けた水晶の砂を拾う。指で弄ぶようにしながら、足元の影に零していく。影に重ねて発動させた収納魔法が、水晶の砂を取り込んでいく。
そうした一連の、ベルスレイアの行動を見て。
ルルは、一つの可能性に思い至る。
「……破壊の魔女の実験施設。そこで何らかの事故が起こっていたとすれば」
そこまでは呟き。後は、頭の中でだけ考える。
もしも実験段階の破壊の魔女が暴走したとして。その力が――施設を破壊したとすれば。
ちょうど今、ベルスレイアがやってみせたように。
巨大な――それこそまるで谷や崖のような『裂け目』が大地に刻まれたのだとしても、不自然ではないのではないか。
実験施設は本来――谷の両面に建設されたのではなく。
地下深くに建設された秘密裏の施設であって。
その後、何らかの事故により、巨大な裂け目――深淵の谷が生まれたのだとすれば。
そんな、妄想じみた考えを抱いて、ルルは首を横に振る。
「……考えすぎね。そんな馬鹿げた話、あるわけないわ」
そう呟き、己の思考に蓋をした。