裏切りと拒絶 05
清美と英美里は、二人きりで帰路についていた。靴の壊れた清美を、英美里が背負って歩いていく。歩調は遅く、当然他のみんなは先に帰ってしまう。二人だけが、遅い時間に歩道橋を渡っていく。
歩道橋を登りきり、中程まで渡ったところで――清美を英美里は背中から下ろした。
「清美。テメェ、いい加減にしろよ」
ドスの利いた低い声が清美に襲いかかる。
「あんだけされて、なんでまだ善人ぶってやがる。今さら失うもんなんか何にもねぇだろ。全部さらけ出せよ。テメェのどうしようもねえクズでカスできたねえ部分をぶちまけて、クラス中ドン引きさせろよ。アタシはなぁ、それだけの為に全部やってんだよ。なぁ、清美? テメェが本当に良い奴だっつぅならよ。アタシの願いを叶えてくれたっていいだろ? なあオイ」
清美は、英美里の怒声を正面から受け止める。なぜ英美里がここまで自分に執着するのかは分からない。だが、その思いに応えるつもりが無いことだけは、何があっても変わらない。
故に、清美は清美らしく。優しく微笑みながら答える。
「別に、私には裏も表も無いよ。今の私が、他でもない私自身。だからさらけ出すものも、ぶちまけるものも無い。英美里ちゃんが嫌がらせをしてくるのはちょっと悲しいけど……でも、友達だもんね。これぐらい、私、頑張るよ♪ ちゃんと受け止めてあげるね♪」
――そのどこまでも明るい声に、英美里は初めて恐怖した。
英美里は、清美とどこか自分と似た存在だと思っていた。だが、今初めて、清美を何か得体の知れない存在なのではないか、と疑った。
なぜ、ここまでやられて笑顔でいられるのか。頑張る。受け止める。そんな言葉で、どうして二年もの間自分を痛めつけてきた相手を許せるのか。それが、嘘つきで演技の上手い英美里にとっても理解できなかった。
嘘だけで、ここまではできない。そう、それこそ本心でも同じように思っていなければ。
「お前……憎くないのかよ」
英美里はつい、清美に問いかけた。清美は首を横に振り、答える。
「憎い? どうして?」
清美は本当に、全くわからないといった様子で首を傾げる。
「みんなに嫌われて……雪菜や薫、美緒に理解してもらえなくたって、それは悲しいだけだよ。本当なら私がもっと頑張って、もっと上手くやっていれば、こんなことにはならなかった。みんなちゃんと私のことを理解してくれて、雪菜も薫も美緒も私の心配をしてくれるはずだった。でもね。それが出来ないようにしてしまったのは、他でもない私自身なんだよ?」
清美は笑顔で語る。その笑顔がどこか壊れているように見えて、英美里はおぞましさに肝を冷やす。
今、この場で清美が顔に被っている仮面は、英美里にさえさっぱり理解のできないものだった。
「英美里が嫌がらせをしてきたとか、嘘ばっかりついて表面取り繕ってるからとか、そんな理由じゃない。むしろ、そんな英美里まで纏めて大事にしてあげられない、私の至らなさが悪いんだよ。私がもっとちゃんとしていて、頑張っていたら、みんな幸せだった。なのに私がダメダメだから、みんなを困らせた。全部、私のせいだよ」
「……いや、それは、意味がわかんねえだろ」
清美の言葉についていけず、英美里は混乱するままに言葉を返す。
「お前おかしいだろ。全部どうにかなったって、なるわけねぇだろ。お前が善人ヅラを辞めねえ限り、必ずお前は追い込まれる。アタシは、そうやってお前を追い詰めた。それぐらい、お前だって分かるだろ? それをさ、自分のせいって、お人好しってレベルじゃねぇよ。狂ってる。どっか壊れてるぞ、お前」
「壊れてるって、ひどいよぉ英美里ちゃん! 私は、べつに普通だもん!」
顔を膨らませて、可愛らしく怒る清美。
その姿は、まるで二年前の清美そのものだった。
だから――英美里は、衝動的な怒りを抑えられなかった。