帝都北部大遺跡 03
魔物との戦闘を求め、先へと進むベルスレイア。賃貸マンション風のエリアを進み、通り抜ける。七畳間で魔物と戦うのも性に合わず、通路での遭遇戦を求めてのことだった。
だが――その行動は、結果的に幸運を呼び込むことになった。
「何かしら、これは」
行き止まり。ただ、壁には装飾が細工されており、明らかに何かあると思われた。蔦が大樹に絡まるような意匠のレリーフ。
「何らかのメッセージか、あるいは壁自体に仕掛けがあるのか。……これだけじゃあ判断つかないわねぇ」
ルルが壁を観察しながら呟く。
「押してみますか?」
シルフィアは不用意にそんなことを口走る。
「やめておきなさい。罠でも起動するようなことがあれば……」
「えっ!?」
すでに変態の手が壁に伸びた後であった。ベルスレイアは頭を抱え、ため息をつく。
「本当にお馬鹿さんなのね」
「えっと……でも、結果的に道は拓けましたし、問題はありません!」
シルフィアは誤魔化すように言う。実際、押すだけで壁は反応し、まるで垂れ幕が回収されるかのように天井へと引き上げられていった。そうして収納された壁の先には、今までとは明らかに種類の異なる空間が広がっていた。
「中枢部への隠し通路かしら」
「それか、単に通路なのかもね」
ベルスレイアとルルは言いながら、道の先を観察する。
これまでに通ってきた場所は、どちらも鈴本清美にとって馴染み深い光景であった。だが、この道の先は違う。SF世界にでも迷い込んだような、機械的な風景が続く。
とは言え、明らかに通路は風化していた。壁面の金属は錆付き、床面もボロボロであった。
「ゴーレムなどが設備点検をしている様子は無いみたいですね」
シルフィアの言う通りであろう、とベルスレイアとルルも考えていた。
通常、遺跡型ダンジョンは徘徊するゴーレムによって設備の点検、維持が成されている。故に古代の遺跡でありながら、今なお稼働しているのだ。
だが、先に広がる通路はボロボロ。ゴーレムの点検が成されているようには到底見えない。
「ゴーレムの点検範囲外なのか、あるいはゴーレムを全滅させる何かが存在するのか。どちらにしても、警戒すべきでしょう」
シルフィアは手にした剣を軽く撫で、緊張感を高める。ゴーレムを全滅させる魔物は無論。点検範囲外である場合も、老朽化による天然のトラップが生成される場合がままある。施設の誤動作。崩落による落下や生き埋め、退路の封鎖。様々な可能性が考えられる。
「何にせよ進めば分かるわ。行きましょう」
ベルスレイアは先頭に立ち、老朽化した隠し通路を進んでいく。
その後、結局危険らしい危険も無く、通路を順調に進むことになった。
何度か昆虫型の魔物には遭遇したものの、どれもシルフィアが一度撃破済みの魔物である。ゴーレムを全滅させるほどの勢力ではないし、そもそも魔物は非生物をわざわざ積極的に攻撃はしない。ゴーレムが存在しないことの理由にはならない。
やがて通路は再び行き止まる。何度か階段を下っていったが、途中に部屋らしき場所は見当たらなかった。
なお、ベルスレイアの血の魔眼による透視は意味を成していない。遺跡の内部については、なぜか監視が不可能となっていた。
サンクトブルグの王宮にも監視不可能な領域は存在していた為、この遺跡全体が同様の処理を行っていても不思議ではない。
よってここまでの探索はすべて手作業だ。とはいえ、視覚や皮膚感覚など五感に優れる吸血鬼のベルスレイア、聴覚に優れるエルフのシルフィア。さらに嗅覚に優れるルルも居るため、見逃しなど発生するはずもない。
故に、隠し通路は一本道であることは紛れもない事実。
「……で、この行き止まりもオシャレしているのね」
ルルが言いながら、壁に向かって軽口を叩く。壁面には大樹に蔦が絡まるレリーフが描かれていた。
「押しなさい、シルフィア」
「はい!」
犠牲になるリスクを背負わされたとはつゆ知らず。大役をこなすつもりでシルフィアはレリーフを押した。
すると、今回もまた壁は天井へと吸い込まれる。その先に続いていたのは通路――ではない。広く、天井も高い円柱状の空間である。
そして――壁面には無数の本棚、そして書籍が並んでいた。
「へぇ――面白いものが見つかりそうね」
ベルスレイアはニヤリと笑みを浮かべ、呟く。何しろ、この場所は間違いなく図書館である。それも、保存状態が極めて良い、古代文明の図書館だ。
そこから得られる情報の価値は、想像を絶する。