帝都北部大遺跡 02
深部に進むほどに、遺跡は広がっていく。廊下の長さが伸び、階段の数も増え、当然教室の数も増える。
そして、廊下の先に教室以外の空間も増える。コンクリートらしき通路に、鉄製のドアが無数に並ぶ。扉を開けば、そこには七畳程度の居住空間。まるで、賃貸マンションのような構造が現れる。
もはや学校とは呼べないほど広大な範囲に広がる遺跡。その全体を探索するのは、到底不可能と言えた。
そして――何十階かも分からないほど下層へと降りて、ようやく魔物の姿が見えた。昆虫型の魔物と、遺跡を守るゴーレム。どちらもベルスレイアには見覚えがあった。
LTOの最難関に類するダンジョンで姿を見かけた魔物だ。そのステータスは、レベルカンストで初めて勝負になる程度。つまり、レベル20で上級職に転職し、さらにレベル20まで上げたものでなければ戦えないほどの強さだ。
この場では、ベルスレイアとシルフィアであれば問題なく対応できる。だが、ルルは妖狐化しなければ厳しい相手。積極的なレベル上げをせず、ベルスレイアの従者としての仕事に重きを置いてきた為である。
「ルルは私が守るわ、安心なさい」
言って、ベルスレイアはルルを背後に立たせる。自らは常闇の剣を取り出し、戦闘態勢に入る。なお、打槍は壊れたまま修理をしていない為、武器として装備できるものを持っていない。予備を作っておくべきだったわね、と今更ながら考える。
「ベル様……ありがとう」
ルルは感謝の言葉を口にした。正直に、ベルスレイアに守られることにした。妖狐化すれば余裕を持って戦えるものの、効果は永続ではない。妖狐化が途切れた場合、戦闘で大きな負傷をすることにもなりかねない。
それは、ベルスレイアの所有物たる自身の身体を粗末に扱うことに同義である。忠義なき行為と言えよう。
故に、ルルはベルスレイアを頼る。そもそも従者、つまり侍女扱いなのだから、世界最難関のダンジョンに足を踏み入れること自体が無謀なのだが。当人たちは、その点については問題意識を一切抱いていなかった。
「では――私からゆきますッ!!」
魔物に目掛け、シルフィアは駆け出す。と言っても、ただ駆けたわけではない。瞬動と空歩による、瞬動の重ね掛け。その超神速による移動は、ただ駆け寄る動作とは一線を画す。
一歩。それだけ踏み込めば、あらゆる距離がゼロとなる。それがシルフィアの速さであり、強さでもあった。
そして、超神速の歩法は超神速の斬撃にも繋がる。最も近く――と言っても、数十メートルは離れた場所に居た蜂型の魔物は、シルフィアの剣に両断された。攻撃されたと、気づく間もなく。
その一瞬の出来事に、魔物達は違和感を覚えた。だが、違和感という数瞬の合間に、シルフィアはさらに一歩、もう一歩と『駆ける』のだ。
剣閃が蟷螂を、甲虫を、蜘蛛を絶命させる。蟷螂を正面から縦に両断。続いた甲虫をすれ違いざまに一閃。蜘蛛の懐に潜り込み、腹を下から突き上げるように裂く。
見るからに防御力の高い個体も、七割以上の確率で発動するスキル『天剣』の防御力無視攻撃の前には意味を成さない。
シルフィアによる、死を運ぶ舞は数秒続いた。もはや敵を敵と認識する者が残っておらず、戦闘は終了。
「終わりました、ベル様。――あ、レベルが上がる感覚がありましたっ! 今、ちょうど20のはずです!」
「そう、素敵だわ。それなら、帰ったら一度転職してみましょうか」
現在、シルフィアは上級職である。故に、転職するとしたら次は下級職。そうなると、ステータスの上限が制限され、一時的に弱体化する可能性がある。その状態でこの遺跡を探索するのは危険と判断し、ベルスレイアは即座の転職を避けた。
転職に必要な神託の水晶は、収納魔法で手元に保管してある。故に、ダンジョンの最中であっても転職自体は可能だ。しかし実際に転職するか、となれば話は変わる。
「はいっ! 次の転職が楽しみですね」
当然、シルフィアもそれは理解している。故に、ベルスレイアの提案に異を唱えるようなことは無かった。
「それにしても……私が活躍する機会は無さそうね」
僅かばかり、残念げに呟くベルスレイア。正直、魔物との遭遇には期待していた。LTOというゲーム時代のような、心沸く冒険や戦闘を期待していた節はある。
だが、冷静に考えれば無理な相談である。そもそも、これまでに二度も上位職を極めたシルフィアの実力が飛び抜けている。それを赤子のようにひねることが可能なベルスレイアに至っては言わずもがな。歯ごたえのある魔物が生息するとすれば、それはこの世の終わりと同義だ。
「次は、ベル様が戦ってみますか? 運動不足の解消には丁度良いかと」
「私、意外と身体を動かしてる方だと思うのだけれど? ここまで飛んできたのも私だし」
「そういえば……失言でした、どうか私を罰してください」
「そこまでのことじゃないわよ、卑屈ねぇ」
「いえ、ぜひ罰を!」
そして耳を……と。ダンジョンでも臆さず欲望を顕にする変態エルフ、シルフィアであった。