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蒸魔素機関の街 08




 突然の、卑屈とも言えるスイングベルの態度に驚く者が居た。

「会長っ!? 突然どうなさったのですか!?」

 スイングベルの補佐官らしい女性だ。大聖貨をベルスレイアが取り出した意味が分からず、困惑している。


「ミーシャ、分からんのか! これは大聖貨だ。これを差し出される意味が理解できねば、貴族相手の取引などとても出来んぞッ!!」

「そ、それはどういう……?」

「分からんなら黙っておれッ!」

「し、失礼しましたっ!」

 補佐官の女性、ミーシャは慌てて頭を下げる。


 スイングベル商会は、帝都でも有数の大商会である。だが、それでも所有する大聖貨の数はわずか三枚。

 そして、大聖貨を所有する数が即ち、商会の力の差を示す。つまりベルスレイアという取引先を抱えることは――これからも気前よく大聖貨で支払ってもらえる可能性も意味する。そして大聖貨の数が増えることは、商会が持つ発言力、即ち権力が高まることにも繋がる。

 大聖貨が一枚増えるだけで、得られる権力。副次的に増える利益。考えれば考えるほど、ベルスレイアとの取引は商会にとって甘露のように思えてくる。

 もはや、スイングベルはベルスレイアに逆らう気も、腹を探るような魂胆も抱くつもりになれなかった。


「当然、私達も護衛依頼の筋は通しますわ。どうしてもこの私達の力が欲しいと思った時は、頼ることを許してあげる」

 ニコニコと、笑みを崩さぬまま。ベルスレイアは少しずつ、本性を顕にする。不遜な態度を取り繕いもせず、言葉にしていく。

「国一つぐらいなら、消し飛ばしてあげるわ」


 その言葉が冗談に思えず、スイングベルは緊張のあまり唾を呑み込む。まあ――そもそも、冗談ではなく事実として可能なのだが。

 実際、既にベルスレイアは気分一つで聖王国の王都を壊滅寸前に追い込んできたばかりであるのだから。

「……それだけのお力がありながら、何をなされるおつもりですか?」

 恐怖のあまり。静かに、その魂胆を尋ねるスイングベル。


「ふふ。知りたいのかしら? 貴方は中々懸命なようだし、少しぐらいは教えてあげてもいいかしら」

 ベルスレイアは笑みを浮かべたまま告げる。

「冷静に考えてもみなさいな。世界は、私のものであってこそ相応しいとは思えないかしら?」

「世界、ですか」


 唐突に出てきた言葉の規模が、あまりにも大きく。スイングベルは、困惑する他無かった。

「そう、世界。これらは私のものよ。だから帝都を『返して』もらいたいの」

 無茶苦茶だ、とスイングベルは思った。返せと言われて、この女に返す理由が無い。

 しかし、それでなお。これ妄言と切り捨てることが出来ない。


「まずは私の大切な所有物が住む為の家を『返して』もらう。そこを足掛かりに帝都のあらゆるものを少しずつ『返して』もらうわ。本来なら私が所有するものよ。取り返されてこそ、帝都も幸せでしょう?」

「……は。おっしゃる通りかと」

 理屈にもならない暴論に、しかし賛同するしかなかった。


 何しろ――容易く大聖貨を差し出し、世界最強の冒険者に匹敵する暴力を行使可能な存在だ。狂っていようが、何であろうが。そこから莫大な利益が得られるであろう、と膨らむ想像を、年甲斐も無く止められない。

 スイングベルは、恐怖と――それ以上の興奮を覚えていた。


「では、今日は適当な宿を借りることにしましょうか。後の事は任せるわ。お屋敷の用意が出来たら、私の所へ出向きなさい。いいわね、スイングベル?」

「はっ。畏まりました」

 スイングベルの態度に、ベルスレイアは満足げに頷く。そして堂々と、仲間の三人を連れて会長室を退室し――昇降機を使って階下へと降りていった。


 その姿を見送った後、スイングベルは息を吐く。

「……はぁ。どうにか間違わずに済んだようだな」

「あの、会長。あのような態度をとった理由をお聞かせ下さいませんか?」

 補佐官ミーシャは問う。これに、溜息混じりで言葉を返すスイングベル。


「いいか、単純な話だ。ベルスレイア様は平然と大聖貨を取引にお使いなさった。そして、大聖貨を大量に所有するのは国家権力者ぐらいなものだ」

「そ、それってつまり――」

「ああ。彼女は貴族だ。最低でも侯爵。恐らくはそれ以上の上級貴族だ」

 貴族と聞いて、ミーシャは顔を青くする。


「で、でも! 帝国にはあのような冗談じみた力を持ったご令嬢がいらっしゃるお家などありません! ですから、その、大聖貨はハッタリで、あの一枚がとっておきだったと考える方が自然なのでは……?」

「そうだな。帝国にベルスレイアという名の貴族令嬢はおらん。だが……帝国でなければ、さすがの私も把握しきれておらんからな」

「じゃあ――王国貴族なのですか?」

「恐らくな」

 スイングベルの推測は見事に的中していた。あくまでも元、と但書が付くのだが。


「……王国に人を送れ。何が起こっているのか調べてくるのだ」

「は、はいっ! ですが、その、ベルスレイア様は素性を探られるのは好まないのではありませんか?」

「かもしれん。……いいや、だとしたらここで私を相手に大きく動く理由がない。恐らく、素性を調べられることも承知の上で動いておられるのだろう」

 これもまた、的中していると言える。ベルスレイアは、些細なことは気にしない。そもそも――サンクトブルグ王都の壊滅的被害は自然と噂が広まる。小細工で情報を秘匿することは不可能である。


 何より、自信があるのだ。

 素性が知られた頃には、誰一人として逃げられないだろう、と。支配してみせる、と考えている。

 実際、ベルスレイアにはそれが可能なほどの力がある。


「……最高の屋敷を用意しよう。それで、あのお方のお眼鏡に叶うのなら。それ以上の僥倖は無い」

 スイングベルは呟く。そして次の瞬間には、屋敷を確保する為に動き始めるのであった。

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