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蒸魔素機関の街 07




 ギルドに謎の追跡者十名の首を並べた後。ベルスレイア達はスイングベル商会の側へと顔を出していた。

 商会の場所は、ベルスレイアが魔眼で馬車を追跡していた為、把握している。四人は迷うことなく、商会の本部へと辿り着いた。


 ベルスレイア達が到着すると、案内人らしき制服姿の男性が姿を見せる。

「お待ちしておりました。ベルスレイア様ですね?」

「ええ。スイングベル様は、今どうなさっておられますか?」

「皆様がギルドでの登録を終える頃だろうと、お迎えに上がるところでございました。今は会長室にてお待ちです。ご案内いたします」

 案内人に従い、ベルスレイア達は後についてゆく。


 スイングベル商会本部は、帝都でも類を見ないほど巨大な建造物であり、最上階は六階。そこが、会長室の存在する階となっている。

 最上階までの階段を、黙々と歩くベルスレイア達。六階建てともなれば、上り下りするだけで相当な苦労を伴う。

「スイングベル様も、このように階段を?」

 ベルスレイアが問うと、案内人は首を横に振る。

「会長は、専用の昇降機をお使いになります。警備の都合上、皆様には階段をお使い頂くことになってしまいましたが」


 分かりきった答えではあったが、言葉で聞いて改めて納得した。昇降機は会長室へ直通し、密室である。叛意のある者が利用可能となれば、会長の首と刃の距離も縮まってしまう。

 護衛依頼を受ける立場である以上、この判断に苦言を呈するわけにはいかなかった。


 やがて階段も終わり、六階に到着。会長室の扉を案内人がノックすると、中から女性の声で入室許可の声が届く。

 案内人が扉を開け、入室する。

「ベルスレイア様と、その仲間の皆様をお連れ致しました」

「ご苦労。下がりなさい」

 案内人に下がるよう告げたのは、女性。恐らくは、会長であるスイングベルの補佐をする役職の者であろう、とベルスレイアは推測する。


 四人が入室し、案内人が退室。そして扉が閉まると――ようやく、会長室の奥で席に座るスイングベルがにこやかな笑みを浮かべた。

「お待ちしておりましたぞ、ベルスレイア殿!」

 そして席を立ち、ベルスレイアの方へと歩み寄る。


「冒険者ギルドはいかがでしたかな?」

「ええ。無事、登録出来ました。それも、Eランク冒険者としてです。これも登録試験では支部長自らがお相手して下さったお蔭でしょうね」

「ほうほう、支部長自らが? それは素晴らしいことですなあ」

 スイングベルは、まるで気にした様子も無かった。これを見て、ベルスレイアは感づく。どうやら、冒険者ギルドで起きたことの一部始終を理解している様子だ、と。


 こうなれば、半端な態度は無駄骨でしかない。ある程度は本心、手の内を明かすほうが得策。と、考えたベルスレイア。

「条件も整ったことですし、早速契約を交わしましょう」

「ええ、もちろんですとも」

 ベルスレイア、そしてスイングベルは笑みを交わしながら、交渉の席に着く。会長室の片隅に用意された、来賓席である。


「――面倒な交渉は抜きにしましょう。元Sランク冒険者と同等の力を持つ護衛三名に、スイングベル様は何を差し出して頂けますか?」

 直球で、ベルスレイアは自分の価値を口にした。これに、ニヤリと笑うスイングベル。

「まずはベルスレイア殿の求めるものを教えて頂けませんか?」

 要するに、場合によっては商会側がベルスレイアの下につく、という宣言である。


 実力主義のリンドバーグにおいて、Sランク冒険者相当の暴力を三人分も抱える、というのはそれだけ重い意味を持つ。

 その情報を他の誰よりも先んじて獲得したスイングベルは、取るべき立場を瞬時に判断した。

 商会が下で、ベルスレイアが上。

 極限を越えた暴力を前に、経済力、権力といった種類の力は無力である。時には盗賊風情を相手に屈することさえあるのが、経済力や権力といったものだ。ベルスレイアのような力の持ち主を相手に、下手な態度を取るのはまずい。

 むしろ、誰よりも真っ先にベルスレイアと接触できたことは幸運と言えた。最も安全かつ有益な立場を獲得するチャンスを、帝都で唯一得られたのだ。この幸運を逃す手はない。


 そして――スイングベルの判断を理解して。ベルスレイアはにっこりと笑った。

「大きなお屋敷が欲しいですわ。そうですね……二百から三百人ほどが住めるお屋敷が良いですわ」

「ふむ、屋敷ですか。都合のつく物件は幾つか見繕えると思いますが」

「支払いは気になさらなくて大丈夫ですわ」

 言ったベルスレイアの手には――一枚の、大きな硬貨があった。


 これを目にした途端、ガタリと席を立ったスイングベル。

「そ、それは……大聖貨ですかな!?」

 その驚愕っぷりを見て、満足げに頷くベルスレイア。


 LTOにも存在した設定として、この世界では共通通貨が使われている、というものがある。

 最小単位は銅貨。日本円換算で十円程度の価値を持つ硬貨である。

 そして銅貨十枚で大銅貨一枚。大銅貨十枚で銀貨一枚となる。同様の換算で大銀貨、金貨、大金貨と価値が上がっていく。


 そして、大金貨よりも価値の高い硬貨が存在する。聖貨、と呼ばれる特殊な加工を施された硬貨である。その価値は大金貨百枚分に相当する。

 さらに――この聖貨百枚分に匹敵する価値を持つ硬貨が、大聖貨。機械帝国リンドバーグ、聖王国サンクトブルグ、そして妖精都市フェニキアのそれぞれに存在する三つの造幣局で特殊な加工を施し、初めて完成する硬貨。日本円で換算すれば、一枚で百億円相当の価値がある。


 だが、商人にとってはそれ以上の価値を持つと言える。

 大聖貨の製造工程の都合上、各国家の上層部以外が手にすることは極めて難しい。数が流通しておらず、しかも大聖貨の全てが最初は国庫に入れられる。国から上級貴族に。上級貴族から下級貴族に。そうして流れるうち、誰もが己の財力を示す証、勲章として現物を保持しようとする。結果、商人にまで流れてくることはほぼ皆無と言える。


 そんな硬貨が、スイングベルの眼前に差し出されているのだ。

「――必ず、最高のお屋敷をご用意させて頂きます、ベルスレイア様」

 深く、深く礼をする。


 上級貴族でなくては手に出来ない硬貨。それをポンと差し出す経済力。そして、Sランク冒険者相当の暴力。――大聖貨を差し出された時点で、全てにおいて勝敗が決した。

 己こそが遥かに下、頭を垂れるべき相手であると、スイングベルは即座に理解したのだ。

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