蒸魔素機関の街 06
「では、三名共にEランク冒険者からスタートとなります。が、戦闘能力に関してはSランク相当のものが確認されておりますので、ランクアップに試験は不要とします。依頼実績から経験度合いを判断し、ギルドの方でランク昇格を判断させていただきます」
ギルドの受付にて、ベルスレイア達一行は冒険者登録を完了した。
受付嬢に説明を受けながら、ベルスレイア達は三枚の金属板を受け取る。
「そちらは冒険者証です。身分証となると共に、冒険者としての情報を記録された魔道具でもあります。失くした場合は再発行に料金が必要となりますので、ご注意下さい」
「ええ、分かったわ。ありがとう」
ベルスレイアは愛想良く、受付嬢へと礼をする。そして、四人は冒険者ギルドを後にした。
――そうしてギルドから離れていく四人の姿を、観察する者があった。
ギルバート・ブレイブ。帝国の冒険者ギルド支部長である。ギルドの二階の窓から、ベルスレイア達の後ろ姿を眺めていた。
「……ギルバート様。あの方々は、何者でしょうか」
ギルバートの背後から、一人の受付嬢――ギルバートの秘書官を兼任する者が声を掛ける。
「分からねぇ。ただ、俺以上の実力者だってのは確かだ」
「……正気ですか?」
「ああ」
秘書官は、驚愕に表情を染めた。
何しろ、ギルバートはかつて『最強の冒険者』とまで呼ばれた、伝説のSランク冒険者である。複雑な経緯があり、今は帝国ギルドの支部長などを務めている。が、実力は未だに現役のSランク冒険者の中でも最上位付近に位置する。
そのギルバートを超える、無名の実力者。耳を疑うのは、当然の反応と言えた。
「正直に言って、手合わせした三人全員が化け物だ。弱かった嬢ちゃんは、明らかに手札を隠してやがった。動きに慣れが無かったからな。エルフの嬢ちゃんも、奥の手を出し惜しみしてる様子はあった。それがありゃあ、俺が一本取られてただろうな。だが……黒い剣の嬢ちゃんは、中でも別格だ。ありゃあ、ステータスを低く虚偽申告してやがる」
「そ、そんなことがありえるのですか?」
受付嬢は目を見開き、信じられずに問う。
「ああ。何しろ、試合の中で力を測るつもりでいたが、むしろ俺の方が測られてたぐらいの気分だった。互角の打ち合いを選んだのは俺じゃなく、嬢ちゃんの方だ。……要するに、遊ばれたのさ、俺は」
楽しげに、ギルバートは呟く。
「覚悟しとけ。帝国は変わる。あんな化け物を腹に抱えちゃあ、今まで通りとはいかねえ。誰について、どう立ち回るか。よく考えとけよ。……くれぐれも、帝国の原則を忘れるなよ」
「……了解致しました」
受付嬢は頭を下げる。そして、部屋から退室する。
帝国の原則。――つまり、実力主義。
最強の冒険者と呼ばれた男を相手に、遊んでみせるほどの化け物。そんなものを呼び込んで、実力主義という原則がどう響いてくるのか。
想像は難くない。
「さて。……下手に媚びてもギルドの上が煩いし。あの嬢ちゃんは嬢ちゃんで曲者だし。はぁ、なんでたかが成り上がり冒険者がこんなまどろっこしい問題に巻き込まれるのかねぇ」
言いながら――しかし、ギルバートは妙に楽しげな声で呟いた。
――冒険者ギルドから離れながら。ベルスレイアは周囲を魔眼で観察する。障害物など関係なく、膨大な範囲を透視するように見通す『血の魔眼』があれば、帝都全体を直接監視することも不可能ではない。
そう――例えば。今現在、ベルスレイア達を追跡する十名の男たちの存在を感知することなど造作もないのだ。
「どうなさいますか?」
シルフィアが、ベルスレイアに尋ねる。相手はお世辞にも手練とは言えず、気配はシルフィア、そしてルルにも容易く察知出来ていた。
「殺しましょう。見せしめのゴミの一つや二つぐらい無いと、愚物共は常識すら理解できないみたいだもの」
「……分かりました」
殺す、という判断に眉を顰めながらも、シルフィアは頷く。
なお、本意ではない行動を強制され、不満げにして見せてはおしおきを貰うことに悦ぶ変態エルフにとって、この反応は当然のことである。
直後――シルフィアの姿が消える。
瞬動。及び空歩。二つのスキルを駆使することによる、極小時間内における瞬動の多重発動。その効果により、シルフィアは人知を超えた超高速移動を可能としている。
追跡者の冒険者は、何も分からぬうちに。瞬動空歩によるタタン、という足音だけを残して。
「――愚かでしたね」
シルフィアは、十の首を宙に撥ね上げた。
剣の血糊を振るって落とすと、シルフィアは再び瞬動を使いベルスレイアの元へと戻った。
「いかがなさいますか?」
「そうね……盗賊の首でも、ギルドは買い取って下さるかしら?」
「いいね、それ。冒険者ギルドの常設依頼には、盗賊の討伐だってあったはずだよ」
抜け目なく、ギルドの掲示板にあった依頼票を確認していたルルが助言する。
「では、端金と僅かばかりの虚仮威しの為にギルドまで引き返しましょうか」
こうして、四人は再びギルドへと引き返す。
その後――ベルスレイアがギルドのカウンターに並べた十の首により、四人は冒険者を恐怖に震え上がらせることとなった。
「冒険者のくせして首だけでカウンターに並びたくなければ、妙な気を起こさないことね」
そう言い残してギルドを再び後にしたベルスレイア達一行を、畏怖に満ちた視線で誰もが見送る。冒険者だけでなく、ギルドの受付嬢でさえも。
これが――後にベルスレイアにさらなる敵対者を呼び込むことになるのだが。この時、誰一人として想像はしていなかった。