蒸魔素機関の街 05
「そんじゃあ、次はこれだ!」
ギルバートとベルスレイアの試合は継続される。常識で言えば、元Sランク冒険者の一撃を防いでみせたのだ。それだけで、合格とするには十分すぎる結果である。
だが、試合は続く。それは元より、この試験がギルバートの個人的な興味で行われているからであった。
ギルバートの、第二撃。剣を上段に構え、突撃。蒸魔素機関で加速しつつ、ベルスレイアに迫る。そして剣を振り下ろすと同時に、柄の蒸魔素機関も稼働。全ての加速を一撃に乗せた、最大の一太刀。
これを――ベルスレイアはすり抜けるように受け流す。まともに受け止めるのはまずい、と判断したように見せかけた立ち回り。
「まあ、そうなるよなッ!」
ギルバートは、この結果を予想していた。最初の不意打ちを凌いだ技術があれば、剣で受け流す能力も十分に高いはず、と考えていたのだ。
ギルバートは加速しすぎた身体を制御しつつ振り返る。ベルスレイアは、すれ違ったギルバートに追撃を放った。
常闇の剣と、蒸魔素機関付きの剣が打ち合う。ガキ、と金属の打ち合う音。火花が散り、ベルスレイアが踏み込む。ギルバートは一歩後退する。互いに剣を振り、連撃を繰り出す。ほぼ互角の応酬が続く。
やがて――何合目の打ち合いかも分からない頃。常闇の剣が、蒸魔素機関付きの剣に勝った。技術ではなく、武器の質。刀身を真っ二つに切り裂かれ、蒸魔素機関付きの剣は役立たずとなった。
「くそ、とんでもねぇ切れ味だな……」
ギルバートは、諦めるように武器を捨てた。
「合格だ。ったく、どこから湧いてきやがったんだか。こんなとんでもねえ実力者、話題にならねえはずが無いんだがな」
ギルバートのボヤくような言葉を聞きながら、ベルスレイアは常闇の剣を収納魔法に収めて片付ける。
「貴方に勝ったのだから、これで私はSランク冒険者ということになるのかしら?」
「いいや? 登録研修の飛び級上限はEランクまでだ。つーわけで、お前は今日からEランク冒険者だ」
「……はぁ。まあ、いいわ」
呆れたように溜息を吐き、しかし受け入れるベルスレイア。
これが何でも無い、有象無象のクズの言葉であれば。ベルスレイアは暴力にでも訴えて無理を通したであろう。しかし、ギルバートは見るべき点のある強者である。また――全身を蒸魔素機関に包んだ戦士でもある。
ベルスレイアの目的の一つ、蒸魔素機関についての習熟という点を考えれば、ギルバートとの縁は使える。ギルドの支部長。元Sランク。蒸魔素機関を装備する戦士。どれをとっても申し分ないコネクションと言える。ここで敵対するのは惜しい。
また――個人的にも、ベルスレイアはギルバートという個人が嫌いではなかった。興味本位で試験を受け持ち、自分を相手に手合わせを望んだ男。こうしたわかりやすい欲望を持ち、我儘を通す人間は嫌いではない。――自分に敵対しない限り、ではあるが。
「ほら、次の試験でしょう。早くなさい」
言って、ベルスレイアは下がる。シルフィアとルルに視線を送り、次にどちらかが前へ出るよう合図を送る。
前に出たのはシルフィア。
対するギルバートは新しく剣を用意していた。柄の蒸魔素機関は着脱式らしく、折れた剣から取り外し、新しい剣の柄に装着した。
「では、お手合わせお願いします」
「おう、任せな!」
こうして、新人登録試験は継続される。
その後――シルフィアに続き、ルルの試験も執り行われた。ベルスレイアのようにギルバートを圧倒することはなかったが、二人共に互角か、僅かに不利な程度の戦いを繰り広げた。
これは二人が己の秘策とも言える戦術を秘匿した為でもあるが、単純にギルバートの実力が高かった為でもある。
ベルスレイアは、魔眼から得た情報によりこの結果を予測していた。
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名前:ギルバート・ブレイブ(Gilbert Brave)
種族:人間
職業:武芸家
レベル:19
生命力:93
攻撃力:80
魔法力:39
技術力:65
敏捷性:59
防御力:58
抵抗力:32
運命力:62
武器練度:剣S 槍B 斧A 弓S 暗器B 拳A
スキル:灼熱 精強 剛闘気 讐闘気
強振 必殺 巧闘気 魔物特攻
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シルフィアに匹敵するステータスであり、妖狐化しないルルを遥かに超える実力の持ち主。互角の実力を持つシルフィアは五分の戦いを繰り広げた。が、ルルは妖狐化をしなければステータスは決して高くない。ギルバート相手に不利ながらもどうにか立ち会いを続けられたのは、手加減あってこその結果だった。