蒸魔素機関の街 04
冒険者達とのひと悶着はあったが、その後は特に何事も無く事は進む。待機するベルスレイア達に、ようやく試験の為お呼びがかかる。四人が席を立ち、試験会場へ向かうのを確認すると、冒険者達は一斉に安堵の息を吐いた。ひとまず、機嫌の矛先次第で命に関わるような事態は脱した。
ベルスレイア達は、連れ立って受付嬢の案内のまま歩いていく。そして、外からも見えていたであろう巨大な施設の方へと足を踏み入れる。
そこから先は幾つかに道が分岐していたのだが、受付嬢はそのまま迷わず進む。
「こちらは冒険者の方々の為に開放されている訓練場や、魔物の素材の解体場があります。今回の試験は訓練場の方で行いますので、こちらです」
受付嬢の簡単な説明に、一行は頷く。
そうして何事も無く、試験会場へと到着。
「おう、来たみてぇだな」
そこには――一人の男が立っていた。全身を蒸魔素機関まみれの鎧で包んだ、フルアーマーの男。
「俺はギルバート。元Sランク冒険者で、今は帝都の冒険者ギルド支部長を務めさせてもらってる者だ」
支部長、と聞いてベルスレイアも僅かに驚く。たかが新人冒険者の登録試験に、わざわざギルドの長とも言える人物が姿を見せるとは考えていなかったのだ。
「なぜ、支部長さんが?」
「俺が試験を担当してやるってだけだ。自己申告Sランクの新人の為に、な」
楽しげに支部長、ギルバートは言う。
「常識で考えりゃあ、ありえねぇ話だがな。しかし適当に大嘘ぶっこいてるにしちゃあ筋の通ったステータスだった」
その言葉で、ベルスレイアはギルバートの評価を僅かに高める。確かに、ベルスレイアは自己申告のステータスを『複数の転職を経た剣士』のものになるよう調整した。そういう人物であると演技をする以上、ステータスも相応のもので申告するのは当然。
つまり、ギルバートはステータスから複数の転職の痕跡――スキルの習得遍歴を理解しているということになる。ベルスレイアの知る限り、この世界には何度も繰り返し転職可能であることを知る人間は居なかった。だというのに、ステータスを見るだけで転職の痕跡があると理解できるギルバートは普通ではない。少なくとも、有象無象の中の一人ではない。
「なるほど。それで興味でも持ったから、試験官になったのかしら」
「まあ、そんなことだ。そんじゃあ、早速始めようぜ!」
ギルバートは言うと、剣を構える。同時に、体中を包む蒸魔素機関の鎧が稼働を開始する。しゅうしゅう、と蒸魔素が鎧の機関部から吹き出す。
「面白い武器ね。――最初は私からでいいかしら?」
ベルスレイアが前に出る。蒸魔素機関の鎧に興味もあったが、同時にギルバートにも興味が湧いていた。正確には、蒸魔素機関を使ってどのように戦うか、について。
ベルスレイアの望みに異論などあるはずもなく。シルフィアとルルは黙って頷く。冒険者に登録する予定すら無いリーゼロッテは、目を輝かせ、試合を楽しみにするばかり。
場は整った。ベルスレイアと、元Sランク冒険者ギルバートの試合が始まる。
「それでは――試験開始!」
ベルスレイア達を案内してきた受付嬢が、試験開始を宣言した。
途端、ギルバートは途轍もない速度で駆け出す。蒸魔素機関により、推進力を増した直進。そのまま剣を振り上げ、ベルスレイアに向かって振り下ろす。
これを、ベルスレイアも正面から迎撃。常闇の剣を収納魔法から取り出し、素早く構えて振り下ろしを受け止める。
「ほう……やるじゃねぇか。女の膂力とは思えねぇな!」
「ステータスと外見に関係は無いでしょう?」
「そりゃ確かに――なァッ!」
剣を交えたまま、会話をする二人。だが、先にギルバートが動いた。突如、剣の柄に装着された蒸魔素機関が稼働。蒸魔素を排出しながら、強い推進力を得る。
鍔迫り合いの状態で、唐突かつ不自然に力のバランスが崩れた。これにより、ベルスレイアも思わず体勢を崩してしまう。
「――そっちも、なかなかやるじゃないの」
だが、ベルスレイアは慌てない。押し切られる勢いを借りて、後方に跳んで下がる。かつ、同時に常闇の剣を薙いで牽制。ギルバートはそれ以上ベルスレイアと距離を詰められず、踏み留まる。
「けっ。初見でこの不意打ちに対処出来るやつはそうそう居ねぇんだがな」
苦々しい表情で、ギルバートは吐き捨てる。