蒸魔素機関の街 03
待ち時間が出来たため、ベルスレイア達は適当な椅子に座って待つことになった。ギルドには受付カウンターの他に、魔物の素材買取カウンター、依頼票の掲示板、パーティーが待合に使う歓談スペースが存在する。
その歓談スペースのど真ん中に堂々と入り込み、大きなテーブルをわずか四人で占領してしまうベルスレイア達。
様子を観察していた冒険者達には、法螺吹きで生意気な新人、という風にしか見えなかった。
「――おい嬢ちゃんたちよぉ」
故に、一人の冒険者が威圧するような態度で近づいて来るのも当然のことであった。
「ちっと態度ってもんがなってねぇんじゃねぇか? なあ」
そう言って、二メートル近い体格の男がベルスレイアの方へと近づいていく。なお、この男は帝都でほどほどに名の通っているCランクの冒険者であり、この場で最も発言力の強い人物である。新人が起こすトラブルは、この男のような上位の人間が介入し、解決するのが暗黙の了解である。冒険者の誰もが様子を見守る。
「態度とは、何かしら?」
「何様のつもりだっつってんだよ。新人がデケェ面してんじゃねぇぞ。しかも、Sランクだぁ? 冗談は大概にしろよ。実力を盛るにしても程度ってもんがあるだろ」
男の指摘は尤もなものであった。調子に乗った新人を嗜めつつ、先輩の威厳を見せつける。上位者を敬う。そして自分の実力を正しく理解する。どちらも新人が冒険者として生き残り、生計を立てていく上で必要なことである。
ただ――ベルスレイアに関して言えば、間違った選択であったと言える。
次の瞬間には、ベルスレイアは動いていた。男の認識するよりも速い動きで、収納魔法からとある剣を取り出す。そしてその剣の刃を男の喉元に添えて静止。
「耳障りよ」
その言葉を受けて、男はようやく自分の置かれた状況を理解した。そして喉元に添えられた剣を見て、驚く。
「な、なんだ――この剣は。いつの間に出した」
ベルスレイアの取り出した剣は、刀身が真っ黒であった。まるで夜の闇のように、影そのもののように暗く、光を跳ね返さない刃。
そんな特徴的な剣を、いつの間にか握っている。しかも、ベルスレイアの腰から下げた剣は抜刀されていない。まるで急に剣を生成でもしたかのように、男の目には映っていた。
「この剣は私のスキルで『作った』の」
ベルスレイアは、冷たい目で男を睨みながら言った。この言葉により、男は無論、様子見をしていた冒険者たちの誰もが『闇のように黒い剣を生み出すスキル』をベルスレイアが所有していると錯覚した。
これは、ベルスレイアの狙いの一つである。己の特徴的な能力を考えると、平凡な人間を装うのは無理がある。そこで、自分とはかけ離れた特徴を持つ人間を装うことにしたのだ。
それがこの剣『常闇の剣』を取り出してまで冒険者にアピールをした理由である。
闇のように黒い剣など、この世には存在しない。あるとすれば、古代の遺跡、ダンジョンから出土した魔法剣ぐらいだろう。しかし、ベルスレイアはそんな魔法剣を手にしていなかった。抱えていた剣は一つで、それは腰に携えられたまま。
だとすれば、剣はスキルにより生み出された。と考えるのが、この世界の人間にとって普通の考え方である。
実際は、そうと分からぬ速さと正確さで収納魔法から剣を取り出しているだけに過ぎない。
また、常闇の剣は単なる剣に過ぎない。刀身をローゼスタイトで作り、これに毎夜スキル『操影』を使い、魔法の影を何万、何億と折り重ねた点だけは、少々特殊ではあるが。
とはいえ、常闇の剣が他に類を見ない物体で作られていることには違いがない。魔法やスキルの一種により生み出されたという錯覚を抱くのも仕方ないことであった。
「まあ、そんなことよりも。お前の態度こそ、何様のつもりかしら?」
ベルスレイアは、男の首筋に常闇の剣を添えたまま語る。
「この私に下らない減らず口を叩くなら、その首を向こうに並べてやってもいいのよ?」
そう言って、ベルスレイアが視線と顎の動きで示したのは魔物の素材買取カウンター。要するに首を落として殺す、という脅しである。
「お前の首が銅貨一枚にでも代わるなら、その方がよほど有意義よ。どう? 自分の首を売るつもりはある?」
「……いや、そんなつもりはない。すまなかった」
男は顔を真っ青にしながら謝罪を口にする。状況を理解すれば、他に選択肢はありえない。ベルスレイアの実力であれば、確実に男を殺せる。そんな力を持った相手の機嫌を損ねるのは得策ではない。ただでさえ、気分を害しただけで抜刀する女だ。何を切っ掛けに自分の首がカウンターに並ぶかも分からない。
「分かればいいのよ。こっちも剣をお前の血で汚すのは嫌だもの」
言って、ベルスレイアは常闇の剣を収納魔法で片付ける。一瞬にして消えた剣を見て、やはりこれはスキルによるものだ、と冒険者達は確信した。
通常、収納魔法は空間に暗い穴を開け、そこから物を取り出すようなスキルである。故に、一瞬で剣が消える原因が収納魔法にあるとは誰も思わない。それが分かっているからこそ、ベルスレイアは常闇の剣に限り、収納魔法を見せびらかすことに決めている。
ベルスレイアの剣が消えたことで、男はようやく開放された。青ざめた顔のまま、素早く離れる。情けない有様ではあったが、それを笑える者はこの場に居なかった。誰もベルスレイアの動きを捉えられなかったのだから。それに、ここで不用意な行動を取って、男の代わりに首をカウンターに並べるつもりもない。
そうして静かになり、分を弁えた冒険者達を見回すベルスレイア。
「よろしい。よく理解できているようね」
そして言いながら頷き、満足げに微笑むのであった。