機械帝国への道のり 04
「それでは、まずは条件からまとめていきましょうか」
馬車の中で、スイングベルがベルスレイアに向かって言う。現在、この場にはスイングベルとベルスレイアの他に、スイングベルの護衛が一人。そしてベルスレイアの護衛としてシルフィアが同席していた。
「――まず、ベルスレイア殿たち御一行には、傭兵ギルドか冒険者ギルドに登録して頂こうと思います。その後、我々の方から長期の護衛業務を指名で依頼致します」
護衛依頼というものは、通常はギルドを通して行うものである。個人同士の小規模な仕事ならともかく、商人の護衛や野盗の討伐、魔物の掃討等は全て精強な戦士を必要とする。何らかの機関が管理しなければ、武力は暴力と紙一重。故に、傭兵、冒険者ギルドというものが存在する。
なお、二つのギルドは想定する敵対勢力の違いによって差別化されている。傭兵は主に対人戦を想定しており、冒険者は魔物や野生動物を想定している。また、冒険者の場合は戦闘行為を主目的としない依頼等も存在する。未開の地を探索する依頼等は、冒険者にとっての花形でもある。
護衛依頼の場合は、街道で野盗と魔物、どちらにも遭遇する可能性があるため、傭兵と冒険者どちらのギルドにも依頼を出すことが可能である。
「ところで、ベルスレイア殿はどちらかのギルドにご登録なさっておられますかな?」
「いいえ、機会がありませんでしたので」
ベルスレイアは首を横に振り、否定。世間には、高い戦闘能力を持っていながらギルドに所属していない人間は珍しくもない。自らの戦闘能力を商売にするばかりが強者の生業というわけではない為だ。
特に、騎士や警吏等の家系に連なる人間は、ギルドに所属していなくとも高い戦闘能力を持っている場合がある。
故に、ここでベルスレイアがギルドに登録していないことは、さほど不自然なことではない。
「では、帝都に到着後は、どちらかのギルドにご案内しましょう。――さて、それでは報酬の話に入りましょう」
「ええ、お願いします」
「金銭については、相場通りの固定給と、出来高次第でボーナスも出しましょう。そして……これは報酬というわけではありませんが。我々の商会で護衛任務を長期で引き受けている、となれば帝都の荒くれ共も一目置かざるを得ないでしょう」
「ありがとうございますわ、スイングベル様」
ベルスレイアは礼をする。商会という後ろ盾こそがベルスレイアの主目的である為、異論などあるはずも無かった。
「では、他になにかありますかな? 無ければ、この方向で話をまとめてしまいたいと思うのですが」
「では、一つだけ。私達の中で、リーゼロッテだけは戦う力を持ちません。ですので、彼女を保護可能ななにかが欲しいのですが」
ベルスレイアの要求に、スイングベルはためらわずに頷く。
「なるほど。であれば、長期護衛依頼の間は、スイングベル商会の方から皆さんの拠点となる家を貸しましょう。傭兵や冒険者として活動するのであれば、拠点がある方が好都合でしょう。リーゼロッテ殿が住まうにも、宿よりは都合が良いかと思いますが」
「それは助かりますわ。感謝致します、スイングベル様」
「いえいえ。こちらとしても、ベルスレイア殿ほどの実力者を護衛として雇えるのは好都合ですからな」
二人は頷き合い、そして握手を交わす。
――交渉が纏まった後。ベルスレイア達一行は、一つの馬車に集合した。
これもまた、スイングベルの厚意によるものである。通常、傭兵や冒険者は秘密が多い。戦闘に関わる技術は無論、脛に傷がある等の理由で、詮索を嫌う者が多いのだ。
ベルスレイア達は傭兵ではないが、戦闘力の高さから、同等に扱うべきだろう、とスイングベルは考えた。そこで、秘密主義による無駄な行動を取る必要がなくなるよう、馬車一台をまるごと貸したわけである。
「……あの、ベル様」
馬車を貸し切り、移動が始まって少し経ってから。シルフィアが尋ねる声を上げる。
「何かしら、シルフィ」
「何故、リーゼロッテ様は戦えないなどという嘘を?」
シルフィアの疑問は単純なものであった。実際、リーゼロッテは世界全土でも有数の実力者であり、相応のステータスを持っている。戦えないはずが無いのだ。
それはベルスレイアも当然理解している。だが、理解の上でなお嘘を吐いた。この理由が、シルフィアには分からなかったのだ。
「単純な話よ。まず、リズは聖女だもの。表立って行動するのは避けたいわ。愚物が群がって面倒事が起こりそうだもの」
一つ目の理由は至極真っ当なものであった。リーゼロッテの職業は聖女。聖王国サンクトブルグにて伝説とまで言われる職業であり、そこらの小娘がなるものではない。
ベルスレイアの『血の魔眼』のように、相手のステータスを看破するスキルがあれば見抜かれるリスクがある。無論、リーゼロッテの抵抗力があれば大抵のスキルには抵抗可能なはずだが。無用なリスクは負うべきではない。
また、戦いの中での振る舞いを見れば、自ずと能力も推測可能である。そこからリーゼロッテが聖女である、と知られる可能性も無くはない。聖女と言わずとも、特殊かつ希少な職業ではないか、と思われるだけでも面倒事は増えるだろう。
「それと、戦力を馬鹿正直に全て公開するものではないわ。この私が普通の『剣士』のフリをしているのと同じよ。手の内を見せていい相手というのは限られるの。私の所有物以外には、こっちが『お荷物』を抱えていると思われるぐらいで丁度いいわ」
そして、二つ目の理由も単純。ベルスレイアは、スイングベルを信用していない。あくまでも、互いに利用し合う関係である。
となれば、手札を全て公開してやる義理は無い。むしろ、リーゼロッテを無力な少女として紹介すれば。これを弱点と睨んだ相手の動きを制しやすくもなる。
しかし、シルフィアは二つの理由を聞いてなお納得はしていない。
「ですが、全く戦えないと言い切ってしまうのはどうかと思いました。非常時に、リーゼロッテ様が動きづらくなる可能性があります」
その反論に、ベルスレイアは妖しく目を細めた。
「ふふ、シルフィはお馬鹿ね」
その仕草と声色に、シルフィアは緊張し、畏怖し――欲情した。ああ、これはいつものヤツだ、と。
「この私に非常時なんてありえないわ。だから、そんなことを考える必要は無いの。……お馬鹿さんには、お仕置きが必要ね?」
「はい――ベル様。私が、間違っておりました」
そう言って、シルフィアはベルスレイアの前に膝をつき、頭を下げる。そして首筋でも晒すような仕草で、そのエルフらしい長耳を差し出した。