機械帝国への道のり 03
ならず者による騎馬兵の集団は壊滅した。
ベルスレイアが状況を作った後は、一方的な掃討戦。隊商の護衛にも犠牲は出なかった。
「……よかった。皆さん、ご無事でしたか?」
ベルスレイアは、日頃より一段階高まった声色で優しく呼びかけた。
――無論、演技である。
そもそも、戦闘行為からして演技を含んでいる。ベルスレイアのステータスであれば、息をする間に騎馬兵を全滅させることも可能であった。だが、そんな実力を見せつけては『目立って』しまう。
帝都で好き勝手するならば、影でこそこそとする方が都合がいい。であれば、表では目立たない方が良い。単純な損得勘定である。
「助かりました。皆さんは?」
護衛の一人の男が、ベルスレイアに近寄りながら尋ねる。
「通りすがりの旅人です。ベルスレイア、と申します」
ニコリ、と微笑み、会釈するベルスレイア。愛らしいその仕草に、男はつい顔を赤らめてしまう。
「そ、そうですか。中々に優れた剣術の使い手とお見受けしますが」
「はい。幼き頃から、護衛のシルフィに教わってきましたので」
ベルスレイアが、視線をシルフィに向ける。シルフィアはこれに応え、一歩近寄ってからお辞儀をする。
「ご紹介に預かりました、シルフィアと申します。お嬢様の護衛を務めさせて頂いております」
「なるほど……貴族様でしょうか?」
「いえ。父の商売が上手くいっているお蔭で、少々恵まれているだけですわ」
「ほう。――スイングベル様!」
護衛の男は声を張り上げ、馬車の方へと呼びかける。すると、馬車から恰幅の良い男が姿を現す。
「なんですかな?」
「商家のお嬢さんらしい。話すなら、あんたの方が都合がいいかと思ってな」
「ほうほう、それは」
恰幅の良い男――スイングベルは顎をさすりながらベルスレイアへと近づいてきた。
「ベルスレイアと申します」
「ふむ。初めてお聞きする名前ですが」
「聖王国の方の出身ですので」
「ああ、そうですか。通りで……」
スイングベルは、ベルスレイアを品定めするように視線を送る。
「……何故、帝都の方に?」
「見識を深める為ですわ。それに――王都は色々と、良くない噂が広がっておりましたので」
「それは初耳ですな」
「ここ最近の話です。なんでも、王家転覆を図る貴族が反乱を企てているのだとか」
この言葉に、スイングベルはピクリ、と反応する。
「それで王都に居続けるのは危険と判断した父が、私たちを逃してくれたのです」
「ほうほう」
笑顔を浮かべたまま、スイングベルは言う。
「随分と口が軽いようですな」
僅かばかり、不穏な空気が漂う。警戒したようにシルフィアが身構え、同時に護衛の男も身構える。
だが、ベルスレイアは笑みを浮かべたまま手を翳し、シルフィアを制する。
「いいのよ、シルフィ。疑われるのは当然ですわ」
「……はい、お嬢様」
シルフィアは構えを解き、ベルスレイアに従う。護衛の男もまた、警戒を解く。
「お喋りな商人には、下心が付き物。そうではありませんか?」
「ふむ……では、今回助けていただいたのも?」
「当然、交渉の材料として、ですわ」
「そうですか、ふむぅ……」
悩むような表情を浮かべるスイングベル。そこに、ベルスレイアは畳み掛けるように言葉を重ねる。
「先程も言った通り、私達は王都から逃げてきました。今後の活動拠点として帝都を選んだわけですが、右も左も分かりません。治安も悪いといいますし。帝都の常識や習慣、知らなければならないことは多々あります。具体的に何を、という話ではありません。私達『四人』が帝都に慣れるまでお付き合いいただけませんか? という話です」
「なるほど。……ん、『四人』ですか? 三人ではなく?」
「ええ。離れた場所に待機してもらっています。今、『彼女』の護衛が迎えに行っておりますわ」
ベルスレイアは言って、周囲を見渡す。そこには既にルルの姿がない。スイングベルも、状況を理解する。
「……話が逸れましたな。ベルスレイア殿は、要するに帝都での後ろ盾が欲しい、というわけですな?」
「はい、簡単に言ってしまえば、そうですね」
「――いいでしょう。それであれば、我々にとっても良い提案がありますので」
「あら、そうですか?」
「ええ。……どうやら、お仲間もいらっしゃったようです」
スイングベルが言って、視線を向ける。その方角から、ルルとリーゼロッテが駆け寄ってくる。ベルスレイアも一度視線を向け、すぐに姿勢を直す。
「では、続きは馬車の中でどうでしょうか?」
「ええ、構いませんとも。お嬢さん方を帝都までお送りしましょう」
こうして、ベルスレイアとスイングベルの交渉は場所を移すこととなった。