機械帝国への道のり 02
ベルスレイア達一行は、四人で街道を進んでいた。服装を平民の旅装に着替え、さも一般人のように振る舞いながら。
「これから対等の関係を装いなさい。これは、命令よ。誰かと会っても、私を変に敬わないこと。まあ――せいぜい、商家の娘程度の扱いをしなさい」
と、他三人に指示を出した。シルフィアが必死に抵抗したが、きつく言いつけ、最後に耳を噛んでやることで承諾させた。
という経緯で、現在の四人は平民である。ベルスレイアが商家の娘。リーゼロッテはその友人。シルフィアとルルはそれぞれの護衛。シルフィアがベルスレイアで、ルルはリーゼロッテ担当。これは、シルフィアの演技が下手くそだった為の配役。せめて普段どおりであっても違和感の少ない配置を狙った。
この配役であれば、シルフィアはベルスレイアへの敬意の程度を少しばかり下げれば良い。
なお、このような配役を決めたのは、身分を隠す為である。聖王国の公爵令嬢であったことが周囲に知られると、厄介事が増える。面倒を嫌うベルスレイアは、当然それを嫌った。平民のフリをするだけでそれを回避できるなら、無論厭わない。
街道を歩き始めて、それほど時間が経ったわけではない。だが、すでに数回は向かい側から来る馬車とすれ違っていた。ほぼ接触は無いとはいえ、身分を隠すに越したことはない。
そうして平民の旅装のまま街道を歩き続けていると、地上からでも帝都が見え始めた。――と言っても、現在地は小高い丘となっており、景色が良い。この丘を下れば、また帝都は姿を隠す。
「――ベル様、あちらを御覧ください!」
不意に、シルフィアが声を上げる。指し示すのは後方。丘に登る街道を外れた、森林の広がる方面。
「……馬車と、騎馬兵?」
ベルスレイアは呟く。シルフィアの示した場所には、複数の馬車、そして騎馬兵が並んでいた。騎馬兵は馬車を取り囲むように並び、武器を構えている。
「隊商が襲われているようです」
言われ、ベルスレイアは目を細める。魔素を目に流し、血の魔眼を発動させる。超長距離を観測可能な力を利用し、隊商と騎馬兵を観察する。
よく見れば――騎馬兵の装備はてんでバラバラ。しかも使い込みが激しく、手入れされている様子が無い。
反対に、馬車側にはしっかり整った装備を身に着けた者の姿が散見された。統一はされていないが、目に見える傷や劣化は無い。
また、馬車側の武装した人間の後方には、非武装の人間が居た。馬車内に姿を隠している者もいた。どうやら、馬車側が騎馬兵に襲われている様子。
「盗賊に追い込まれた、ってところかしら?」
「恐らくは」
「助けるメリットは?」
「帝都で活動をする上で、何らかの後ろ盾があれば今後が楽になります。この辺りを通る隊商を率いる者であれば、帝都での後ろ盾としては十分でしょう」
「まあ、使い勝手は良さそうね」
ベルスレイアは頷き――収納魔法から、一本の剣を取り出す。
「助けに行くわよ」
その頃――隊商側にて。
「オラオラ、どうすんだ? 荷物ほっぽって逃げ出しゃあ、命ぐらいは助けてやるっつってんだ。賢い選択をしな!」
騎馬兵達の中でも、隊長格らしい男が声を張り上げる。隊商側を守る武装した者たちは、答えは返さず剣を構える。
「へへっ。てめえの命の一つや二つ、安いうちに買っときゃあいいもんを。後悔しても知らないぜェ?」
男が言うと、騎馬兵達も武器を構える。今にも戦闘が繰り広げられようとしていた。
空気が張り詰める。騎馬兵と隊商側の戦力差は、数にして三倍。騎馬かつ三倍の戦力ともなれば、隊商側は絶望的。苦い表情を浮かべ、焦燥のあまり汗を流す。
――そして、騎馬兵が行動に移ろうとした時であった。
「そこまでです!」
凛とした声が響く。騎馬兵、そして隊商の護衛は声の方を向く。
「不埒な真似をする輩、見過ごすわけにはいきません!」
そう声を張り上げるのは――ベルスレイア・フラウローゼス。凛々しく引き締まった、しかしどこか明るく爽やかな表情を浮かべている。
「行きますよ、シルフィ! ルル!」
「はい、『お嬢様』!」
「ああ、任せな!」
三人が、突如騎馬兵を背面から襲撃する。先頭を走るベルスレイアが剣を振るう。すれ違いざまに、騎馬の足を切り落とす。
「――野郎共、散開だァ!」
騎馬兵の隊長が指示を出す。騎馬は突撃力には優れるが、小回りは効かない。歩兵に突如背面を突かれたとあっては、混乱と苦戦は避けられない。そこで、隊列が完全に崩れる前に距離を取る。速度で有利な騎馬で距離を取り、再び敵を囲う。それが隊長の狙いだった。
だが――その動きを抑制する者が居た。
「――させませんッ!」
「遅いよッ!」
シルフィア、そしてルル。二人は左右に移動し、騎馬の動きを抑制する。シルフィアは剣術で牽制し、ルルは魔法を放って威嚇。
二人の牽制に煽られ、躊躇する騎馬兵達。それを――ベルスレイアが突く。
「ハッ!!」
ベルスレイアの剣が振るわれる。一閃する都度、騎馬が一騎。あるいは二騎。次々と屠られていく。
馬の脚を的確に切り裂き、落馬させる。骨折、打撲。倒れる馬の下敷き。首が折れて即死する者も少なくない。そして――運良く生き残った者は、的確にベルスレイアが追い打ちをかける。
そうして混乱のうちに、騎馬兵の半数以上が屠られた。
「タダもんじゃねぇッ! 集まれッ!」
隊長格の男は声を張り上げる。ベルスレイアを警戒し、騎馬兵達に指示を出す。
だが、迂闊。
「――そうはさせるかッ!」
隊商を守っていた、武装した者たちが突撃開始。すでに隊商の包囲は崩れており、護衛は行動の自由を手に入れた。彼らは、その好機を逃すような素人ではない。
練度で言うならば、騎馬兵達は所詮ならず者。これだけ状況が好転すれば、数の不利も覆せる。
ベルスレイアの攻撃に混乱し、距離を取れず背面を襲われる騎馬兵達。その上、統制も取れていない。
もはや、勝敗は決した。