機械帝国への道のり 01
ベルスレイアが目指す国。聖王国サンクトブルグの隣国。名を、機械帝国リンドバーグという。
魔導器――つまり魔素を利用した機械技術が発展している国である。
この国を目指す理由は大きく三つ。一つは単純、近いからである。
まず前提として、この世界は大きく二つに分かれる。北方に広がる魔族の領域。南方が人類と妖精族の領域である。
さらに南方は四つに分かれる。
南方中部から最南端までが妖精の領域。妖精都市フェニキアと呼ばれる、中央に存在する都市が領域における首都的な役割を果たす。妖精族の王がそこに住むと言われている。
大陸中央帯と呼ばれる領域が、主な人類の領域である。ここが三つに別れ、西方が聖王国サンクトブルグ。東方に存在するのが機械帝国リンドバーグ。最後に、リンドバーグ、サンクトブルグ、妖精の領域に囲まれるように存在するのが魔法国家エイスニール。
これら人類の三国、および妖精と魔族それぞれの領域。合わせて五つが、この大陸の勢力図となる。
サンクトブルグは他の四カ国全てに接している。だが、サンクトブルグの首都から最も近い国境線はリンドバーグとの間のものである。そもそも、魔族の領域は魔族以外に存在しない未開の地なので選択肢に入らない。また、妖精の領域には女神フォルトゥナの住まう領域があるとされる。フォルトゥナに不信感を抱いている以上、ベルスレイアの選択肢には挙がらない。
となれば、より近いリンドバーグに向かうのは自然な流れであった。
もう一つの理由が、機械帝国の特色、魔導器である。正確に言うならば――蒸魔素機関を搭載した魔導器、打槍。これに関する技術を学ぶ為である。
というのも――王城でのゴーレム戦の後、ベルスレイアが作り上げた特別製の打槍は壊れてしまったのだ。
高すぎる攻撃力と魔法力、そして高圧縮に耐えきれず、内部構造が損傷。使い物にならなくなった。
使用した素材に間違いは無い。ベルスレイアが生み出した魔法金属『ローゼスタイト』は既存のどのような金属よりも優秀である。無論、ローゼスタイト同様に魔法金属の合金には未知の可能性が広がっている。だが、確実ではない。ローゼスタイトより優秀な合金が都合よく見つかるとは限らないのだ。
であれば、改善の余地は他にある。即ち、魔導器としての構造そのもの。より頑丈な機械を作れば、壊れにくくなる。という、単純な発想である。
そのためには、より専門的な知識が必要となる。ベルスレイアは最低限の魔導器の知識は持っている。また、打槍の実物を分解し、実物の知識も持っている。だが、より詳しい理論、最新の理論については門外漢。これについて詳しく学ぶには、帝国へと向かうのが最も都合が良かった。
そして最後の理由として、国ごとの価値観の違いが挙げられる。
例えばサンクトブルグは血統、種族主義的な価値観が強く影響する。一方でエイスニールでは学力、学歴を重視する。また、種族間差別は比較的薄い。
そして肝心の帝国であるが、実力主義という非常にわかりやすい価値観を持つ国である。学力、武力、経済力。なんでも良い。そして、種族差別は最も薄い。国家に帰属する意思さえ証明すれば、魔族に類される種族さえ生活できる。実際、帝国にはごく少数だが魔族も生活している。
そうした国であれば、ベルスレイア達のような多種族の集団でも受け入れられやすいはず。入国以後の活動も続けやすいだろう。
さらに言えば帝国国民、即ち実力主義者達の気性柄、首都でさえ他国と比べれば治安が悪い。犯罪や、それに近しい行為も横行している。
つまり――そういった意味でも、ベルスレイアは活動しやすい。
聖王国ではさほど大きな悪事を働くわけにもいかなかった。だが、帝国には何の柵も無い。向かい来る敵を討つだけで良い。無力で何も知らない赤子から始まるわけではないのだ。自分の都合だけで、好きに行動できる。
加えて、明確な敵である聖王国からも距離を置ける。となれば、ベルスレイアは今まで以上に好き放題行動する。ただでさえ、自分中心で全てを考える少女である。枷が外れたならば、どれほどの行いに出るか想像は難くない。無論、本人も自重しないつもりでいる。
――といった話を、『潜影』で影の内側に潜り、そこに居る全員へと説明したベルスレイア。
白薔薇、黒薔薇の面々。ルル、シルフィア、リーゼロッテ。その全員が納得した様子を示す。
だが、ふと一人が口を開く。
「……ところで、帝国まではどれほどかかるんでしょうか?」
ベルスレイアに対し、一切の物怖じがない発言。リーゼロッテであった。
「すぐよ、すぐ。なんなら、見えるようにしてあげましょうか?」
「まあ、本当ですか?」
リーゼロッテは喜び、手を合わせて微笑む。そんなリーゼロッテの仕草を見て、ベルスレイアも満足げに微笑む。
「では、行きましょうか」
そして、ベルスレイアは影から外へ出た。
通常であれば、影の内外への通路は閉じる。だが、今回は通路を開放したままである。潜影の出入り口は、ベルスレイア以外が自発的に出入りすることは不可能。よって、これは通行不可能な窓が出来たような状態になる。
要するに、潜影の出入り口を維持したままであれば、影の内側からも外の景色が見える。
これにより、ベルスレイアが『血の翼』で空を駆ける様子が『潜影』内部から覗けるようになった。
「まあ、すごい!」
リーゼロッテは喜び、手を合わせて喜ぶ。視線の先には――空を駆ける、血の翼を携えたベルスレイア。
景色の過ぎゆく速度は尋常でない。地上の木々が、まるで砲弾のような速度で後方に流れていく。それだけの速度でベルスレイアは空を――滑っている。
「ベル様は、翼を羽ばたかせないのでしょうか」
ふと、素朴な疑問。シルフィアは首をかしげつつ、前方の景色を見る。言葉通り、ベルスレイアは翼を動かしていなかった。
「これ、正確には飛行じゃなくて滑空ね」
意外にも、シルフィアに解答を返したのはルルであった。
「獣人の中には、翼が無くても空を飛べる種類の者がいるのさ。腕と身体の間に丈夫な膜があってさ。それで空気を掴んで、空を『滑る』んだよ」
「ベル様は、それと同様のことをしていると?」
「恐らくね」
ルルは頷く。
なお、これはおおよそ正解と言える。
ベルスレイアの『血の翼』が持つ力は、飛行ではなく滑空である。単独で空を飛ぶ性能は持たない。
ただし、実際のベルスレイアは空を自在に駆けている。度々高度を上げては、再び加速し、空を高速で滑る。
仕掛けは魔法による加速。『血の魔眼』を使った、魔導書無しでの火属性魔法の行使。指向性のある爆破魔法で推進力を得て、比較的自在な滑空を可能としている。
速度は時速換算二百キロメートル程度。この世界に存在する、どのような乗り物よりも速い。
故に――国境超えは実に簡単なことであった。
時間にして、一時間と十数分程度。ベルスレイアは国境を越えた。さらに飛行を続け、計二時間弱。空からであれば、帝国の首都、帝都リンドバーグが見えるようになった。
飛べばあと数分で到着という距離。そこで、ベルスレイアは飛行をやめた。ゆっくりと地上に舞い降り、着地。そして『潜影』から、リーゼロッテ、シルフィア、ルルの三人を出した。
「どうなさったのですか?」
「もうすぐ帝都ですもの。少しぐらい、観光気分で街道を歩くのも良いと思わない?」
言って、ベルスレイアは指し示す。その方向には確かに街道が伸びていた。
「それに、帝都の眼の前まで飛んでいったら、驚かれてしまうわ。煩い羽虫を呼び寄せる必要は無いでしょう?」
「確かに、それは道理に合いますね」
ベルスレイアの説明に納得し、頷くシルフィア。
「歩いても、いいんですか?」
リーゼロッテは、不思議そうに声を漏らす。外の世界を、自分の足で歩く。それはリーゼロッテにとって、非現実的な機会であった。
「当然よ、リズ。楽しみましょう?」
言って、リーゼロッテの頬を撫でる。触れられたリーゼロッテは、慈しむような笑顔を浮かべ、頷く。
「はい。ありがとう、ベル」