婚約破棄と計画的逃亡及び強奪 25
ゴーレム撃破後。ベルスレイアは三人をスキル『潜影』にて収納。黒薔薇、白薔薇との集合地点を目指す。
集合地点は、王都外の森林地帯。ベルスレイアがレベルを上げる為に度々立ち入っていた森である。当然、白薔薇、黒薔薇も含めベルスレイアの一味は誰もが地形を詳しく把握している。
故に合流は容易。何の問題、粗相も無く、一同は集結した。
ベルスレイアは白薔薇、黒薔薇の全員を潜影で収納し、王国の資産を収納魔法で回収した。この時点で、ようやく王国への攻撃、強奪は完了した。あとは出ていくだけ。それも、ベルスレイアは身一つで行ける。
「――とりあえず、東へ向かいましょうか」
呟き、ベルスレイアはスキル『血の翼』を使って空に舞い上がる。そしてまるで滑るように滑空し――王都近郊から姿を消した。
そのようなベルスレイアの姿を、ある者が見ていた。
「――あらまあ。立派になられたようですね、ベルスレイア」
女神フォルトゥナ。光の粒が漂う、美しい森の中。枝で縁を囲まれた銀の鏡。その中に、ベルスレイアの姿が映っていた。
「このままよ。このまま、どんどん強くおなりなさい。どんどん仲良くおなりなさい。そして――どんどん不遜におなりなさい」
満面の、無邪気な笑みを浮かべてフォルトゥナは言う。
「そして――リーゼロッテを、愛しなさい。それはやがて……私の為になるのですから」
悪意なき笑み。だが、それが誠実なものであるか。無害なものであるか。それは誰にも――フォルトゥナ本人を除き、誰にも分からない。
そうして悠々と国を発つ者、それを眺める者がいる一方。置き去りにされ、破壊され、壊滅した者もいた。
サンクトブルグ聖王国。その首都サンクトブルグ。単に王都とも呼ばれるその都市は、壊滅的な打撃を受けていた。
中でも、王国のシンボルとも言える歴史ある王城――サンクトブルグ城の一角は全滅と言ってよい程であった。
それも当然。王国の最終兵器たる『守護巨兵キャッスルゴーレム』は、素材として王城を構成する石壁を使う。これをベルスレイアの一撃にて、全てを塵に変えられたのだ。素材となった一角には、瓦礫一つ無い。正に塵も残らぬ有様であった。
そもそも、なぜ王城を崩してまでゴーレムを生み出すのか。それには幾つかの要因がある。
一つは大規模な魔術を実行する為の設備。人並みのゴーレムを生み出すだけであれば、さほど難しい準備は必要ない。だが、キャッスルゴーレムほどの巨人であれば、製造工程から操縦、命令系まで含めると膨大な魔術的設備を必要とする。それらをそうと悟られず、巧妙に隠しつつ用意するには王城という巨大な敷地は都合が良かった。
また、王城というのは多くの場合地脈の良い場所に建てられる。サンクトブルグもまた例外ではない。巨大ゴーレムを可動させるための魔素は、地脈から吸出し、蓄積して利用されていた。動力源、という意味でも、王城の立地は都合が良い。
そして最後の一つ、王城を構成する石壁の性能である防御力、抵抗力に優れた優秀な鉱石を使用して作られた王城は、本来は砦としても極めて優秀なものである。
これらを集めて生み出したゴーレムもまた、高い防御力と抵抗力を持つ。つまり、ゴーレムの素材として王城そのものが優秀だと言える。
その他、様々な観点から、王城を巨大ゴーレムへと変えることは有効となりうる。ただし、あくまでも最終手段として。
だが――その秘奥、最後の砦をベルスレイアは粉砕してしまった。
これが意味するところを、王族、高位の貴族で分からぬ者は居なかった。
敗北したのだ。
国が、少女に。
……誰よりも、一人。ある男が、その屈辱を噛み締めていた。
「――おのれ、出来損ないのクズめがァッ! 絶対に、絶対に許さんぞォッ!!」
王城のとある一室にて、叫ぶ男。髪を掻き毟り、ブチブチと千切りながらも、なお怒りは収まらない。キャッスルゴーレムの使用を決断した、カイウス大公である。
「必ず、地獄に落としてやるッ! ……いいや、地獄すら生ぬるい! 血反吐糞尿を啜って喜ぶ畜生外道に堕としてくれるわッ!!」
憤怒の声を、一人きりの狭い部屋に響かせる。キャッスルゴーレムを操舵する為の術式、施設、装置などが所狭しと置かれた部屋。
これだけの複雑な設備を使いこなすカイウスは、実力者――というわけではない。むしろ逆であり、感覚的な操舵を可能にするため複雑化した結果が、この部屋である。壁すら見えぬほどの機材の山。それが、ベルスレイアとゴーレムの戦闘の余波で崩れ落ちている。
散らかった部屋の中、中年男が怒り散らかす。あまりにも、みっともない有様である。
考えようによっては、その無様さを人様に見せなかったという意味では、幸運と言える。
その後も、カイウスはひたすら密室で髪を掻き毟り、怒声を上げるばかりであった。