純情娘と無欲な悪魔(短編版)
「汝の願いは何だ」
私の目の前に立っているのは、牛の頭を持った人の言葉を喋る悪魔……だと思う。本に書かれていた通りなら。
――海外で働くお父さんの書斎にあった、一冊の黒い本。
表紙にも、背表紙にも何も書かれていないその本に、私は理由も分からず惹かれてしまった。
そして、中に書かれていたのはこの悪魔を呼び出す方法だった。
この悪魔は、呼んだ人の願いを叶えてくれるらしい。相応の代償と引き換えに。
こんな厨二臭い本の内容なんて、普通は誰も信じないだろう。でも、私はそれを信じた上、実行してしまった。
「おい、聞いてんのかよ」
「えっ、あっ、はいっ」
急に砕けた口調になった悪魔は、ドカっとその場に座り、頬杖を立てる。
「早く願いを言え。まさか、願いが何もないのに呼んだんじゃねーよな?」
「い、いえっ……」
声が震える。でも、それは恐怖ではなく、緊張。
今から私は、かなり馬鹿げたお願いをこの悪魔にするから。
「わ、私とっ」
もしかしたら、鼻で笑われるかもしれない。でも、私にとっては十分大きなお願い。
「お友達になってください!」
「……は?」
* * * *
私は独りだった。お父さんは海外にいるし、お母さんは夜遅くまで働いているから。
友達と呼べるような人もいない。だから、高校も独り。
当然、好きで友達を作っていないのではない。原因は私の髪の色だ。
私の髪の色は、黒、白、金の三色。
でも、両親はどちらも日本人。そして、普通に黒髪である。
そう、私は異常なのだ。お爺ちゃんやお婆ちゃんにもそんな髪の色の人はいなかった。
つまり、遺伝でもなんでもない。病院でも診てもらったけれど、何かの病気でもないらしい。
……どうせなら、病気の方がよかった。原因が分からないよりは。
それが理由で周囲からは浮いた存在になった私は、元々コミュ障なのも重なって、友達ができなかった。
だから、私は友達が欲しかった。"たくさん"なんて欲張りは言わないから、たった一人の友達が――。
* * * *
悪魔は私の顔をジッと見つめてくる。それに耐えられなかった私は、目を逸らした。
「おい、目ぇ逸らすな」
「へっ?」
笑わないの?――そんな疑問を思い浮かべていると、悪魔に両手で顔を掴まれ、再び眼前には悪魔の牛顔が。
「ちゃんと目を見ろ。契約できねーだろ」
「け、契約?」
「ああ、これは契約だ。代償を支払う覚悟はできてるんだろーな?」
「……はい」
代償を支払う覚悟……そんなもの、できてるに決まってる。寿命でも、物でも、お金でも、私はどんな代償も受け入れる。
……それぐらい、独りが嫌いだった。寂しかった。辛かった。
悪魔の目が赤く光る。
「契約、締結」
悪魔は私の顔から手を離し、悪魔は嗤う。
「代償は"生涯友達ができない"、か。おもしれーな」
「……!?」
友達が、できない?
「んだよ、その間抜けな面は。人との縁に恵まれなかったお前には、相応の代償だろ?」
……確かに、そうかもしれない。それに、たとえ代償がなくても、友達ができたとも限らない。
「そう、ですね」
「敬語やめろ。契約通りなら、俺様とお前は友達なんだろ」
「……! は……うんっ!」
――友達。初めての、私の友達。
その言葉を聞くだけで心が踊る。胸が高鳴る。
こうして、私と悪魔の歪な関係は始まったのだった――。
「一ついいか?」
「なんです……何?」
「友達って、何すりゃいいんだ?」
「………………」
……始まったと思う。
* * * *
――二ヶ月が過ぎた。
あれからは、大変だった。
まず、悪魔さんが住む場所だ。当然、住む場所がない悪魔さんを路頭に迷わせる訳にもいかないので、私の家に居候してもらうことになった。
夜にはお母さんが帰ってくるため、その間は悪魔さんには私の部屋で大人しくしてもらっている。
意外だったことは、悪魔さんは常識人……人じゃないから常識悪魔?
……とにかく、常識を持っていた。私よりも掃除は早いし、洗濯物もとても綺麗に畳む。それなりに自信があった料理でさえ、負けた。
悪魔さんは料理がとても上手だった。一度だけ、召使いとして呼び出されたことがあったらしく、その時に徹底的に指導されたらしい。
悪魔さんが人に何かを習うところを想像すると、なんだかおかしくて笑ってしまう。
そんなことを考えていたら、いつの間にか家に着いていた。
私は一呼吸置いてからドアを開けて、悪魔さんに言う。
「ただいま」
「おう。今日はまた新しい菓子作ってみたぞ」
リビングに顔を出すと、机の上に置かれているのは綺麗な飴細工が乗ったチョコケーキ。
その辺のケーキ屋にも負けていないぐらい、妙にクオリティが高い。
「もう、パティシエでも目指したら?」
「友達はパティシエを目指すものなのか?」
慌てて私は首を横に振る。そんなことを言ったら、世界中の人が皆パティシエを目指していることになってしまう。
「冗談だっつーの。それぐらい、俺様でも分かるわ」
「だ、だよねっ」
私がそう返すと、悪魔さんはくつくつと笑う。
「ほんっとお前って、見てて飽きねーよな」
「んなっ!? それってどういう意味っ!?」
馬鹿にされていることに腹が立って、私は悪魔さんに詰め寄った。
「そういうとこだよ。天然でやってるってところが、なおさらおもしれー」
「むぅ……」
全然分からないけど、馬鹿にされてることだけはよーく伝わってくる。
でも、私は悪魔さんに口で勝ったことがない。だから、こういう場合は私が諦めるしかないのだ。悔しいけれど。
「着替えてくる……」
「おう。飴が溶けないうちに降りてこいよ?」
「分かってますぅー!」
精一杯、嫌味ったらしく言い残した私は、階段を上った先の自分の部屋に入る。
「……ふふっ」
――楽しいなぁ。
二ヶ月前までは、こんな生活ができるなんて考えられなかった。
私は制服を脱ぎながら、今のささやかな幸せを噛み締める。
一緒に住んでるからちょっと変なところはあるけれど、やっぱり友達っていいな。
軽口を言い合える、楽しいを共有できる。それがどんなに素敵なことか、やっと私にも分かった。
「やっぱり冷蔵庫入れとくからなー」
「――え?」
後ろを振り向くと、そこにはいつの間にか部屋に入ってきている悪魔さんがいた。
「――っ!?!? 何で部屋に入って来てるの!? 着替え中は入らないでってあれほど言ったじゃんっ!」
「……はあ」
私は脱ぎ捨てた制服を持ってできる限り体を隠すと、悪魔さんはため息を吐く。
「俺様に性欲は無いって言ったろ?」
そう、悪魔さんには性欲がない……そもそも、欲がない。何かをしたいという欲も無ければ、何かが欲しいという欲もない。
家で家事をしたり、お菓子を作ってくれたりするのは、あくまで暇だからに過ぎない。
――でも、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
「関係ないからっ。いいから早く部屋から出てってっ」
「へいへい」
悪魔さんは肩を竦めながら部屋から出て行くのを確認すると、私は急いでドアを閉めた。
「……ふう」
そして、姿見に映る自分の体を見る。
「見られて、ないよね」
青い痣だらけになったこの体を――。
* * * *
「行ってきます」
翌日、私はいつも通りの時間に家を出た。悪魔さんにもいつも通りお留守番をしてもらう。
「今日も、頑張ろう」
「何を頑張ろうって?」
「――っ」
肩に手を置かれ、体が固まる。今日はツいてない。まさか、登校中に会うなんて。
「……なんでも、ないです」
「へー? シラを切るんだ? 生意気だから、今日は三十分延長ね」
「…………」
本当にツいてない。最悪だ。
「無視すんなよ」
「いぎっ……!?」
腕を思いっきり、爪でつねられる。理不尽な痛みが私を襲う。
「じゃ、また放課後。逃げないでねー」
そう言って、彼女は嫌な笑みを浮かべて、私の先を行ってしまった。
先程つねられた腕を見ると、血で赤く滲んでいる。こんな周りから分かりやすいところに傷をつけて、言い訳を考える私の身にもなってほしい。
「……そんなこと、考えてる訳ないか」
誰にも聞こえないぐらいの声量で呟いた私は、重い足取りで学校に向かった。
* * * *
放課後、私はいつも通り、プレハブ校舎の裏に来た。
「あ、来た来た」
「おー、逃げなかったんだ」
「偉い偉い」
そこには、同じクラスの三人組の女子が待っていた。
この三人は典型的なイジメっ子だ。私みたいに孤立してる人を標的に決めて、先生達の目から隠れたところでストレスを発散する、陰湿なイジメっ子。
「それじゃ、ここに来て」
私はそれに逆らわずに大人しく従う。反抗しても、この日課がもっと辛くなるだけって知ってるから。
当然、私は先生に告発した。でも、この三人は表向きは優等生の良い子を装っているので、先生は全然信じてくれなかった。
それどころか、先生はこの三人組に直接イジメのことを聞いたのだ。本当に馬鹿だと思う。
そのせいで、その日は酷かった。いつもは殴る、蹴るだけで済むのだけれど、その日は箒で何度も叩かれたり、バケツの水に何度も顔を沈められたりもした。
痛かったし、苦しかった。本気で殺されるんじゃないかって思って、警察に言おうとも思った。
……でも、それ以上に報復が怖かった。捕まっても、いつかは出てくる。その時はきっと、もっと酷いことをされる。というか、今度こそ殺される。
それに、大事になれば、私の学費のために頑張って働いてくれている両親に迷惑をかけてしまう。それは嫌だ。
「最近、何か良いことあった?」
「……何もないです」
「嘘つきっ」
「――う゛っ」
鳩尾辺りを殴られた私は痛みに耐えきれずその場で蹲った。それが合図になったのか、三人に囲まれて暴力を振るわれる。
「ねえ、何かあったんでしょ?」
「男じゃない?」
「男のために"頑張ろう"って? 妬けるわー」
三人はそんな話をしながらも、暴力を緩める気配はない。私は何も言わずに必死に痛みに耐える。
「ねえ、言いなさいよ。滅茶苦茶にしてあげるから」
「…………」
「無視すんじゃねえよ!」
「――っ!? げほっ、げほっ……!」
お腹を思いっきり蹴られた私は転がり、思わず咳き込んだ。
私はサッカーボールじゃない。お腹が痛い。もう嫌だ。逃げたい。
「どう? 言う気になった?」
「……なる訳、ない」
それでも、悪魔さんのことは絶対に言わない。
悪魔さんは私の唯一の、大切な友達だ。そんな友達を、こんなことに巻き込みたくない。辛いのは、私だけでいい。
だから、今日も帰ったら「ただいま」って言うんだ。悟られないように、隠すんだ。
それで私の幸せな日常が守られるなら、それが一番良い。
「……そう、残念。じゃあ、今日も追加ね」
「あ、朝の分も追加しないと」
「でも、流石にそんな時間取れないし、どうする?」
嫌な予感がする。
「じゃあ、あれにしよーっと」
私に分かるように指を指したのは、汚い水が入ったバケツ。
「毎日聞いてるのに、全然話してくれないんだもん。なら、分からせてあげる」
あの地獄が私の脳裏をよぎる。
「丁度良いところにバケツあったねー」
嘘だ。絶対、最初から用意してた。あんなところにバケツなんてなかった筈だから。
「どう? 話してくれる気になった?」
「……さっさと、やれ、ば……」
声が震える。怖い。これから行われることを想像すると。
でも、嫌だ。友達を、こんな人達に売るもんか。
「……もう、やろっか」
「ね。面倒だし」
「ほら、来なよ」
「――っ……」
強引に腕を引っ張られ、バケツのある方へ歩かされる。私は怖くて、足も震えて、顔をあげることができない。
――そんな時だった。
「怖気づいても遅いよー。もう、決定だか――」
「えっ、な――」
ドンっと、何かがぶつかる大きな音が二回。
「な、何よこいつ!?」
焦ったような声に私が顔をあげると、そこにいたのは見たこともない黒いナニカ。
周りを見ると、既に二人は壁に頭を打ったのか気を失っている。血は出ていないから生きているとは思う。
「悪魔さん……?」
確証があった訳ではない。
頭と思われる部分から、牛の角らしきものが生えていたから。
それに、何故か怖くなかったのだ。確かにビックリはしたけど、たったそれだけだった。
「あ、嫌っ、やめなさいよっ……!?」
その黒いナニカ――悪魔さんは黒いモヤのようなものを生み出し、私の腕を掴んでいたイジメっ子を包んでいく。
「やだっ……やだやだやだっ」
彼女の体が浮いた。どうやら身動きが取れないらしい。そして、悪魔さんは巨大な牛の頭に姿を変えていく。
「待ってっ」
私は悪魔さんを止めようと近寄った。何をしようとしているのか、なんとなく分かってしまったから。でも、その体を掴もうとしても掴めずに空を切る。
悪魔さんは私の呼びかけに一切応じず、頭の角を彼女に向けた。
「駄目――!」
私は叫んだ。でも、悪魔さんは無視をして、角で突き刺さんばかりに彼女の体に迫り――寸前で、動きを止めた。
「……帰るぞ」
悪魔さんは元の姿に戻り、私に言った。悪魔さんに捕まっていた彼女は泡を吹いて気絶している。
「よ、よかった……」
悪魔さんはなんとか踏み留まってくれて、私は心の底から安堵した。
……もしかすると、最初から止める気だったのかもしれない。なんだかんだ、優しいから。
「……そうだ、保健室に運ばないと」
「全員気絶してるだけだ。殺してねーし、後遺症が残るようなことはしてねーよ。ほっとけ」
「でも、こんなところに放置するのも……」
「ロクでもねー奴らなんだからほっとけよ……報復されんのも面倒だから、とりあえず悪夢も見せとくか」
悪魔さんが黒いモヤで三人を包むと、三人は苦しそうな表情になった。
「そこまでしなくても……」
「こういう奴らは一度痛い目に合わせねーといつまでも調子に乗るぞ」
悪夢ぐらいなら、いいのかな?
けれど、彼女達の今の表情を見ると、少しだけ胸がスッとする。
……うん。これぐらいなら、いっか。
「そういえば、何でここにいるの……?」
「帰り遅いのはいつものことだけどよ、昨日見た痣が気になってな。迎えに来てみた」
迎えに来てみたって……悪魔さんはただでさえ目立つ見た目なのに、その辺りはどうしたんだろう。
……多分、さっきのモヤみたいな力でどうにかなるんだろうけど。
それに、昨日は隠せたと思っていた痣も見られていたみたいだし。
「あのな、こういう時は俺様を呼べ。何のための契約だ?」
「……だって、これは私の問題だから。友達を、巻き込めない」
「――馬鹿か」
「痛いっ!?」
いきなり頭をチョップされた私は痛みに悶える。
「友達ってのは、助け合うものなんだろ」
「……!」
「少なくとも、俺様はお前にそう教わった。違うなら言え」
私を見下ろす悪魔さんは、いつもの感情が読めない牛顔で私を見下ろす。
「違く、ない……」
悪魔さんの問いかけに一言、私はなんとか返した。
「なら、俺様がお前のことを助けるのも、友達としての役目なんだろ」
「でも……」
「なら、お前が何を言おうが、俺様は勝手にお前を助ける」
どうして――その言葉が出なかった。
「……? 何で泣いてんだ?」
「だって、だって……!」
私のために、どうしてそこまでしてくれるのか分からない。こんなこと、初めてだったから。
その後、私が泣き止むまで、悪魔さんは何も言わずに待ってくれた――。
* * * *
――夕焼けが空を赤く染めている。私と悪魔さんは横に並んで帰途につく。
「ねえ、悪魔さん」
「何だ?」
「悪魔さんは、私の友達?」
「契約だからな」
返ってきたのは至極普通の回答。それが嬉しくもあり、少し寂しくもあった。
「おい、急に立ち止まってどうした?」
「……ううん、なんでもない!」
胸をキュッと締めつけられるような感覚。
痛くはない。苦しくもない……嘘。ちょっとだけ苦しい。
私は悪魔さんのことが好きだ。
でも、きっと、この恋は叶わない。
悪魔さんは人間じゃないから。それに、この関係だって契約があってこその関係。契約がなければ、ありえない関係。
だから、きっと叶わない――そんな確信めいたものがそこにはあった。
――それでも私は、この恋を諦められないのだろう。
そんな思いを胸に抱いて、私は悪魔さんの隣を歩く。
いつも見てる筈の夕焼けが、今日は特別綺麗に見えた。
この度、拙作をお読み頂きありがとうございました。
この先、一人と一匹の関係はどうなるのか。
それは今後更新開始予定の"純情娘と無欲な悪魔"の連載版をお待ちください。
(連載版では登場人物に名前が付いていたり、この短編版とはストーリーが異なる部分も多々あります。ストレス成分は少なめかも……?)
この短編版で気になるところがありましたら、是非、感想にお願いします。
連載版に触れない程度に、答えられる範囲でお答えします。
もちろん、普通の感想もお待ちしています……していますからねっ(゜ω゜)(期待の目)




