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第四回・文章×絵企画

誰彼

作者: 尚文産商堂

この作品は牧田紗矢乃さん主催、第四回・文章×絵企画の投稿作品です。

この作品は、八劔 幽さんのイラストを元に執筆しました。この場を借りて、御礼申し上げます。

八劔 幽さん:https://11361.mitemin.net/

挿絵(By みてみん)

 ひょう、と笛の音が響く。それは、我が相方が吹いた笛である。京の都を牛車でゆっくりと進むに連れて、日が落ちてきたようだ。

「ふうむ。いかぬ、いかぬ」

「何がだ」

 笛を吹く手を休め、相方が尋ねてくる。我が感に従えば、もはや闇は迫っている。

「いかぬ、いかぬ」

「だから何がだ」

 彼はそろそろ、と言わんばかりに笛を傍らに置いた。

「黄昏だ。逢魔するぞ、このままではな」

 公家の一つ、大臣家である私が魔に逢ったとなれば、都中の噂の的となるだろう。それはそれで構わぬが、そうなれば帝に会うにしろ、何かしらの禊が必要になるだろう。それが面倒だとは思う。

「この辺りに知り合いはおらぬか。そろそろ宿といかねばなるまい」

「知り合い、というほどではないが。心当たりはある」

 持つべきものは、やはり友ということだろう。早速、その方向へと牛車を向けさせた。


 とある条坊の、とある家。そこに今晩は泊めさせていただくこととした。肴を持ってくるのを忘れた者の、そこの家主は我らを温かく迎えてくれた。

「いやはやいやはや、ようこそおいでませ」

「邪魔をすることになるが、明朝には発たせていただく」

 相方がその人にあいさつをする間、縁側より庭を見ていた。そこは古泉があるようで、そこから水が湧き出でている。傍らには柳、さらには何かの低木が植えられている。

「いいそうだ。明日には礼に戻ることとしよう」

「そうだな」

 柳の木、確かにそれは柳だ。さやさやと動くさまは、女性の髪を思い浮かべる。そうそう、と家主が教えてくれた。

「あの柳、譲るつもりはございませんから、ゆめゆめお忘れなきように……」

「はあ」

 何と答えればいいのか、私は答えに窮した。が、それきり話題に上ることもなく、どうやら私はそれについては助かったようだ。


 それは夢か、はたまた現実か。私は一人で縁側に立っていた。夜も更けて、丑三つ時であろうか。なぜここに立っているのかはわからぬ。ただ、ふぅとどこからか香の匂いがしてくるのに誘われて、ふらふらと来たのかもしれない。

「……ほう」

 縁側から見えるのは、紅梅だ。花は枝垂れのように垂れ下がり、赤色は()を思い浮かべる。

「誰ぞ」

 女性の声がする。わずかな霧が足元を隠し、それがなおも幽玄なる雰囲気を漂わせている。ふわりと庭へと降りる。霧はより濁り、ふわふわと浮かんでいる。一つの所作に、一つの動きが生まれ、私の周りをくるくると渦巻いていく。

「正二位左大臣、君は」

「左大臣殿、あなた様が来られようとは、わたくしは思いもしませんでした」

 霧で隠れていた姿が観える。桃色の髪、単衣は様々な色をしている。眼が蒼い、それだけでも、注意に値する。

「貴様の名は」

 あれあれ、と口を抑える。所作一つ一つが美しく、もはやこの世とは思えぬ。

「この鬼め、ここはどこだ」

「気づかれてしまわれましたか、ここは幽世(かくりよ)。わたくしめの住処でございます」

 目を細め、鬼は私を射抜く。ひょう、と音がして視線が私を射抜く。それがために、ふわんと腰を抜かしてしまう。私の体は、それでも軽く、鬼の手の中に入る。

現世(うつしよ)常世(とこよ)は、常に横にあるものです。ここも、その現世のすぐ横にあるところ」

「……鬼に介抱されるとはな」

 降ろされ、鬼の顔を見る。眼は確かに蒼く、それでいて何かを訴えるように見える。不思議だ。ただ見えているだけのはずなのに、何かを言っているような気がする。

「何かあるのか」

 私が鬼に訊いた。鬼は、何も言わない。ただ涙を浮かべているだけに過ぎない。がそれはまさに鬼の目に涙。何やら思いも浮かんでくる。

「ええ、左大臣殿が去られると、わたくしはまた一人となってしまいます。それが悲しゅうございます」

「そなたは幽世で一人で暮らしておるのか」

「左様でございます、わたくしは、生まれも分からず、育ちも分からず、ただここにて生きておるにすぎませぬ。これを生きていると呼ぶことができましょうか」

 それを聞いて、何やら心が動く。すると、鬼は単衣の端切れを長く裂き、それを私の左腕に巻き付けた。

「左大臣殿が忘れてくださらなければ、わたくしは今しばらくここに留まることができましょう。これは、そのための鍵だと思ってくださいまし。せめて、わたくしのことを忘れられぬように……」

「君のような顔を、忘れられるはずがなかろう。一時の夢であろうが、変わらぬことよ」

 ああ、何か眠くなってきた。意識は霧に包まれ、あやふやとなる。最後の記憶といえば、彼女の蒼い瞳が、まるで(うみ)の底のようにのぞき込んでいたということだ。



 ひょう、と笛の音が聞こえる。がたがたと牛車が揺れる。少し転寝(うたたね)していたようだ。相方の笛の音に起こされた、というわけでもあるまいが。

「おや、お目覚めか。して、どうかしたか」

「どうかした、というのは」

 言いつつも、外を見る。もうすぐ黄昏、逢魔が時がやってくる。

「ふむ、いかぬいかぬ」

「何がいかぬ」

 笛を止め、相方が私へと話かける。

「逢魔が時がくるぞ、このまま牛車で家まで抜けよう」

「それがいい、この辺りは今はだれも住んでおらぬからなぁ」

 それを聞き、外の家を見る。ただ、廃墟が並んでいる。数年、あるいは十数年はだれも住んでおらぬようだ。ただ、柳が塀の隙間から、ふわりふわりと揺れているのが見えた。

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